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『剣遊記T』

第五章 国境突破は反則技で。

     (10)

 巨大ムカデ退治は、予測もできなかった突発的アクシデントであった――が、済んでしまえば後の祭り。落ち着きを取り戻した孝治たち一行は、泉から少し離れた手頃な洞窟で、本当に野宿を実行。いかにも冒険者らしい一夜を過ごした。

 

 それから朝になり、鹿児島へ向けての歩みを再開。東九州街道をさらに南下。二日進んでようやく、宮崎県に入る国境付近にまで到達した。

 

 時刻は現在、正午過ぎ。日本中でおなじみの風景であるが、街道では様々な旅人や商人たちが、ここでも通りを行き交っていた。中には人間に混じって、などの獣たちが闊歩をしているが、そいつらはたぶん、ライカンスロープ{獣人}たちが変身をしている姿であろう。

 

 そんな中で孝治たちよりも街道を先行している美奈子と千秋は、さすがに旅慣れの様子でいた。特に角付きロバ――トラの手綱を牽く千秋など、元気体力ともに、充実しきっている感じがありありだった。

 

「不思議な女ん子っちゃねぇ〜〜♪」

 

 前を進む千秋のうしろ姿を眺めつつ、孝治はポツリとつぶやいた。

 

「不思議って、誰が?」

 

 友美が孝治のつぶやきに、聞き耳を立ててくれた。

 

「千秋ちゃんのことっちゃよ♫」

 

 失礼を承知しながら、孝治はそっと、うしろから千秋を右手で指差した。

 

「自分じゃあ十四歳なんち言いよんやけど、あの子供離れした体力と行動力……あげなちんまい体ばしとって、いったいどこに、そげな体力の源{みなもと}があるとやろっか……っち思うてね♬」

 

「言われてみれば……そうっちゃねぇ〜〜♣」

 

 孝治との付き合いも長いだけあって、友美も疑問に共感してくれた。

 

「やっぱどっか、ふつうの女ん子と違うみたいやねぇ〜〜♐」

 

「そうなんよねぇ〜〜⛐」

 

 友美の返事にうなずきながら、孝治は改めて思った。実際に千秋はどこから見ても、服装(縞模様入りの絹織物)と職業(野伏)以外、ふつうの女の子たちとの大きな違いは感じられなかった。だけどそれが、ビックリするほどの歩速で街道を進み(人がふつうに走るのと同じくらい)、野宿のときには率先して、薪{まき}などをひとりで何十本も集めたりするのだ。

 

 これらの勤労奉仕に加え、師匠を守るためだと言い張って、寝ずの番までも務めていた。これなど孝治も見過ごしにはできず、何度も交代を申し出たほどだった。

 

「そげん言うたら、千秋ちゃんが薪集めで山ん中にひとりで行ったとき、なんか変わったことはなかったね?」

 

 だんだんと千秋の素性が気になってきた孝治は頭を上げて、宙に浮かぶ涼子に尋ねてみた。

 

『そうやねぇ〜〜♦』

 

 涼子も空中で腕を組んでいた。

 

 孝治はひとりで山奥に入る千秋を心配し(または、またはいけないと思いつつも不審を抱き)、ときどき涼子に追跡兼偵察を頼んでいた。もっとも、いつもふたりが無事――あるいはまったくふつうに戻ってくるだけなので(平凡に薪集めが終わるだけ)、くわしい話をほとんど聞いていなかった。

 

『まあ、あったっち言えば、あったとやけどねぇ……♠』

 

 孝治に答える涼子の口調は、意外に神妙な感じがあった。ただし、孝治の頭に降下して、ちゃっかりと肩車で乗ったところが、かなりにお茶目ともいえるけど。

 

『実は山ん中で、千秋ちゃんが薪にする小枝なんかを集めようときに、いつもウサギっとかリスっとかが出てきて、千秋ちゃんと仲良う遊びよったと⛲ この前なんかイノシシ🐗の親子までと仲良うなっちゃって、うり坊(子猪)ば『かわいい、かわいい♡』って、抱っこまでしよったとよ♋ イノシシって、あげんおとなしい動物やったやろっか?』

 

「そげな大事な話ば、なしてすぐ教えてくれんかったっちゃね?」

 

 孝治は涼子に突っ込んだ。だけども涼子には、全然通じなかった。

 

『だって、帰ってきても孝治が、初めっからなんも訊かんかったけ☀』

 

「そうやった……☂」

 

 今ごろになって飛び出した重要話に、孝治は少し立腹した。だけど実際に涼子の言い分どおりなので、それ以上はなにも言えなかった。

 

「ま、まあ、要するに動物とは、そーとー仲がええ、っちゅうことやね☀」

 

 自分の不徳は棚に上げ、孝治はすぐに話をまとめさせた。そこへ友美が絶妙なタイミングで、自分の意見を付け加えてた。

 

「う〜ん、わたしが見た感じやと、千秋ちゃんって、わたしたちが思うとるよりそーとーに、けっこう野性的なんかもしれんちゃねぇ☺ もしかしたらそこんところば見込まれて、美奈子さんから弟子に抜擢されとるんかも♐」

 

「誰が誰に“ばってき”されとるんや?」

 

「うわっち!」

 

 いつもの奇襲攻撃であった。孝治は街道のド真ん中で飛び上がった(約一メートル半)。

 

 先頭にいるはずの千秋が、当然三人(孝治と友美と共に涼子も含む。繰り返すけど、千秋はふたりと思っている――はず)の会話に、いきなり飛び入り参加をしたものだから。

 

「なんの話か知らへんけど、こそこそ話はあんまり見栄{みば}えがようないで☠ いっちょ前な戦士がすることやあらへんさかいにな☠」

 

「そ、そんとおりっちゃねぇ……は、ははははっ!」

 

 人の内面を撃ち抜く千秋のツッコミは、ここでも見事に冴えていた。それはとにかく、当の本人――千秋が話の内容を知ったら、たぶんまた気を悪くするだろう。孝治は千秋の機嫌を損ねないよう、引きつり気味を承知で、軽い愛想笑いを浮かべてみた。また友美は友美で、こっそりと自分の口を左手でふさいでいた。ついでに涼子は、聞こえないのに口笛を吹いていた。

 

「ち、千秋ちゃんの言うとおり、こそこそ話はいかんことやねぇ☻ と、ところでな、なんで、ここまで戻ったと?」

 

 我ながらしどろもどろ――と思っている孝治に対し、千秋がいかにも渋そうな顔になって、街道の先を右手で指差した。

 

「あれやねんな☠」

 

「あっ、なるほどぉ☁」

 

 孝治もすぐに理解した。

 

「いよいよ島津侯爵の領内に入る第一関門……国境が目の前になったっち、わけっちゃね☃」


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