前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記T』

第五章 国境突破は反則技で。

     (6)

「トラ! どないしたんや!」

 

 千秋が真っ裸のまま、泉からバシャッと飛び出した。孝治と友美の目など、最初{ハナ}っから気にもしていない感じで。

 

「ほらぁ! どう、どう!」

 

 千秋は裸のまま、両手でトラの手綱を握り、なんとかしてなだめようとした。ところが千秋の次のセリフで、孝治も自分の裸を気に懸けている場合ではなくなった。

 

「こいつ、なんかにビビッとるで!」

 

「それって、ほんなこつけ!」

 

 さらに千秋は泉の下流に瞳を向け、トラに負けない大声を張り上げた。

 

「この川の下んほうからなんか来よるで! トラはそれに感づいたんや! こいつにゃユニコーンの血が混じっとるさかい、その分直感が発達しとるんや!」

 

「そ、それって、ほんとの話けぇ!?」

 

 孝治は千秋の叫びに、まずは疑問形のかたちで応じた。だが、それなりに養っている孝治の戦士としての勘も、迫り来るなにかを察知した。それも山賊程度の小悪党ではなかった。もっと危険な、獲物を狙う肉食獣の、凶暴な息づかいだ。

 

「うわっち! ヤバかっ!」

 

 孝治愛用の中型剣は、今は木の上で鎧といっしょにぶら下がっていた。すぐに真下まで走ってジャンプをすれば、取れないほどの難儀でもないだろう。問題は迫り来る敵が孝治の再武装を、はたして待ってくれるかどうかだ。

 

「で、出よったでぇーーっ!」

 

 やはり敵の出現は、孝治の事情に関係なしだった。千秋の悲鳴と、ほぼ同時。泉の下流から胴が太くて長く、全体が黒光りをした怪物が、水しぶきを上げてその姿をバシャーーッと現わしたのだ。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system