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『剣遊記T』

第五章 国境突破は反則技で。

     (5)

 森林の奥深くに隠された小さな泉で、全裸の女性が三人(友美はまだ脱いでいない。ついでに涼子ははぶく)。これだけならば旅の途中でよく見られる、微笑ましい光景のひとつであろう(ほんとけ?)。

 

 もはや無駄なあがきもままならず、孝治の頭には『観念』の二文字しか浮かんでいなかった。

 

「もうわかったっちゃよ! おれも水に入ればよかろうが!」

 

 事態が行き着くところまで行き着いてしまえば、あとはもう、開き直りあるのみ。孝治は美奈子と千秋が先に入っている泉へ、そろりと足を踏み入れた。

 

「うわっち! 冷たかぁーーっ!」

 

 ここは深山の奥の湧き水である。従って水温は、思いっきりに低かった。

 

「この冷たさも、とても心地良いものどすえ♡ さあ、孝治はんも汗を洗い流しなはれや♡」

 

「うわっち! は、はい!」

 

 あんたらこげな冷たか水に入って、ほんなこつ不感症ね――と思う間もなく、泉のド真ん中(ここも浅いようだ)から響く美奈子の声に、孝治は思わず直立不動。さらに反射神経で、美奈子をまともに直視してしまう。

 

「うわっち!」

 

 当然ながら、一糸も身にまとわない美奈子が、水面上で立ち上がっていた。

 

 これはまさに見てはいけない神聖不可侵なモノを、もろに拝見してしまったような気持ち。孝治は本能的罪悪感で、慌てて視線を足元の水面に落とした。

 

 そこにはまた、自分自身の全裸姿が写っていた。先ほど自分の裸ばかり見ていると友美から言われていたが、こうして改めて見ると、これはこれでまたショックでもあった。

 

「うわっち! うわっち! うわっち!」

 

 滅多にやらない三連発をやらかした。

 

「孝治、鼻血が出ようっちゃよ♠」

 

 半分混乱状態の孝治に、友美が(今になって)心配そうな感じで、うしろから声をかけてくれた。自分で原因を作っておきながらで。

 

「ご、ごめん……友美……やっぱズルかっちゃよ☠」

 

 見れば友美は、軽装鎧姿のまま。靴だけを脱いで、泉に足を入れていた。つまり足湯といった感じ。

 

「おればっかしマッパにして、自分は裸にならんとやけね☠」

 

「だって、孝治が先に裸になったら、わたしなんだか、すっごい気後{きおく}れしちゃったと☁」

 

「気後れぇ?」

 

 友美の言い訳で、孝治は瞳が丸くなる思いになった。

 

「なんかよう意味がわからんちゃけど、とにかくすっごい勝手なこつ言いようっちゃねぇ♨ 友美にそげな自覚はなかとね?」

 

 孝治にとって、まさに納得がいかない話。しかし友美は、孝治からどう思われようがまるで関知していない感じで、鎧の懐{ふところ}に右手を入れ、何枚かのちり紙を取り出すだけでいた。

 

「わたしんこつなんか、どげんだってよかっちゃよ☺ それよか鼻血ば早よ止めり☞ 血が水に落ちようけ☂」

 

「うわっち、そうやった☃」

 

 孝治は慌てて友美からちり紙を受け取り、鼻の穴(両方)にねじ込んだ。

 

突然の鼻血の理由はわかっていた。美奈子の裸身で、受けた精神的打撃が大きかった――と言えるだろう。

 

「な、なんか……頭がクラクラするっちゃねぇ……こりゃ早くも貧血状態ばい☠」

 

 そこへ恒例の緊急事態が発生した。

 

「ぶひゅひゅーーっ!」

 

 泉の縁{ふち}に茂っている青草をほおばっていたトラが、急に甲高い声――悲鳴を上げたのだ。


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