『剣遊記T』 第五章 国境突破は反則技で。 (19) 「み、美奈子さん……い、今の地震で宿屋から飛び出してきたとですか?」
内心冷や汗たらたらの恐る恐る思いながら、孝治は美奈子に訊いてみた。その美奈子の返答は、ピントがけっこう当たっているような内容だった。
「盗み聞きの道楽はあらしまへんのやけど、宿を出てこの隣りの酒屋に来て孝治はんたちを見つけてみれば、なにやら大事なお話をされてはるやおまへんか☞ 特にあの野蛮な騎士どもは、なんとしてでも避けて行かなあきまへん♐⛔」
「ぜ、全部聞こえとったとですねぇ……そ、それで、合馬のおっさんたちばごまかすために、霧島ば通るっちゅうことですか? それは無謀な話ですよぉ☠ たった今の地震んこつにいっちょも話ば触れんっちゅうのも、また凄いとやけどねぇ……☁」
しかし、口では異を唱えながらも、『それも一理あるかもしれんねぇ✍』と、孝治は頭の奥底で考えた。それは時と場合により、人間のほうが自然災害よりも、遥かに厄介で危険なシロモノであるからだ。それに噴火寸前の火山であれば、さすがに無茶の塊である合馬でも、避けて通るに違いない。
だがやはり、火山は危険が巨大過ぎと――言えた。
「やっぱ駄目ですよ☢ どう考えたかて、爆発する火山の間近は通れんですけ☠」
「なんやネーちゃん、火山が怖いんかいな♨☻」
「うわっち!」
美奈子のうしろには、当然セットで千秋もいた。
「依頼人がこの道行きたい言うたら、それに従うんが戦士の役目とちゃうんかい♐ それがでけへん言うなら、ネーちゃんは戦士の看板下ろすんやな☠」
「うわっち……な、なん言いよんね♨」
千秋のあからさまな挑発とわかっていながら、孝治は頭の中が、一気に沸騰気分となった。そこへすかさず、友美が話題を元に戻すようにして、美奈子に再度尋ね直した。
「美奈子さん、なんか火山よか騎士団のほうば恐れとうように、わたしには見えるとですけど、なんか理由でもあるとですか?」
「それはおれも訊きたかっちゃね♦」
千秋はとにかく、孝治も改めて、話の重要部分に興味を募らせた。しかし友美の問いに、美奈子が珍しくも口ごもっていた。
「そ、それは、どすなぁ……☁」
ところがここで、またも千秋がしゃしゃり出た。しかも明らかに師匠を庇うような感じの剣幕で、一気にまくし立ててくれた。
「こらぁ! 依頼人の事情に首突っ込むんは、雇われたモンの領分を越えとるでぇ! ほんま、ええ加減にせえや!♨」
「で、でもぉ……わたしたちかて知っておかんといけん、重要なこともありますけ♐」
友美が千秋に言葉を返した。だが孝治は右手を前に出して、友美が反論を止めせた。
「いや、千秋ちゃんの言うとおりばい⛔ やけん依頼人が右に行きたい言うたら、おれたちはそれに従うだけやけね✊」
「孝治ぃ……☁」
なおもなにか言いたそうな友美の右耳にそっと口を寄せ、孝治はごく小さい声でささやいた。
「こげんなったら、もうなん言うても駄目っちゃね⚠ 美奈子さんも千秋ちゃんも、いっぺん言い出したら、もう曲げんみたいやけ☂」
「そうやねぇ……☁」
友美はもろ不安げな顔であったが、孝治の言葉に、小さくうなずいてくれた。
実を言うと本心では孝治自身も、美奈子の強引さに、まったく納得をしていなかった。
(ここまで来たらもう、おれたちが折れるしかなさそうやけねぇ……♋ あちこちに残すつもりの伝言に、霧島ば通るかもしれんっち、入れとかないかんばい☢)
けっきょく、依頼人の無理難題には逆らえない――これに尽きるしかないのだ。
「それじゃあ、わたしの用は済んだみたいやけ、そしてぇ、きょうはこれで帰るばい☀」
孝治たちと美奈子の間の話が、一応の決着をみたところだった。彩乃が長居は無用とばかり、澄ました顔付きで椅子から立ち上がった。
「おや? あなたはんは☞」
このときになってようやく、美奈子も彩乃の存在に気づいたようだった。けっこうにぶい。
「確か……未来亭におらはりましたなぁ☛」
「はい♡ 七条彩乃です♡」
さすがに彩乃は、本職の給仕係であった。頭を下げる挨拶の仕方は、まさに上出来の部類。だけど孝治としては、話がまだ物足りないという思いを、彩乃に対して抱いていた。
「な、なんね、もう行くとね☹ もうちょいゆっくりしたかてよかろうも☕」
しかし彩乃に、これ以上付き合ってくれる気はないようだ。
「おあいにく様ばってん、ちょっと癪なんやけど、仕事が済んだらすぐ帰るよう、由香からきっちり言われとうと☠ 孝治かてわかるやろ♐」
「あ、そうなんけぇ〜〜☠」
孝治も即、彩乃の愚痴混じりの言い分に納得した。由香はあれでけっこう、時間と規律にうるさい性格なものだから。 (C)2010 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |