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『剣遊記T』

第五章 国境突破は反則技で。

     (17)

 酒場の形式は、未来亭とだいたい同じ。ただ、店内に置かれている観葉植物が南方系の種類(ガジュマルやフェニックスなど)であるところが、ここはさすがに南国だと、孝治に実感させてくれた。

 

 さらに植物やテーブルの周りを、これまた給仕係の女の子たちが、右へ左へと走り回っていた。これもまた、未来亭でおなじみの光景。重箱の隅をほじくるつもりで異なる点を言えば、それはエプロンと制服のデザインぐらいであろうか。

 

 ところがその中に、なぜか見慣れた未来亭の制服――それも黒を基調としている配色が特徴的な姿の女の子が、ただひとり混じっていた。しかもちょうど、入り口から入ったばかりである孝治と友美を左手で指差し、大声までも張り上げてくれた。

 

「ああーーっ! やっと見つけたぁーーっ!」

 

 孝治も負けじと――ではないが、驚きの声を張り上げた。

 

「うわっち! 彩乃やないけぇーーっ!」

 

 なんだかここでも、奇襲攻撃を喰らった感じ。それでも事情は、すぐに理解できた。出発のとき、連絡係を務めるとかで旅の途中、どこかで鉢合わせになるだろうと思っていた未来亭の給仕係――七条彩乃が、ここで登場したわけ。

 

「まさか、こげんとこで会うなんち、いっちょも思わんかったっちゃねぇ♡」

 

 孝治はなんだか、懐かしい知り合い(実際はそれほどでもない⛔)と出会ったような気持ちで、彩乃の前まで小走りをした。友美と涼子も、あとから続いてきた。

 

 もちろん彩乃は、孝治たちを驚かせに来たわけではない。だけど、いかなる方法で北九州から日向まで、短い間に到着することができたのか――理由はのちほど。

 

 その孝治たちに向かって、とにかく彩乃がまくし立てた。

 

「こげんとこもあげんとこもなかばい! そして出発んとき言うたばってん、わたし店長の命令で、ここまで飛んで来たんやけねぇ! そしてやけん、感謝のひと言くらいほしかばいね!」

 

 会うなりいきなり驚かれたためか、少しムッときているようだ。彩乃の口調は、かなりにきつめとなっていた。おかげでこの酒場にいる他の客たちや本当の給仕係たちの目線が、一斉に孝治たちに集中。体裁の悪いこと、このうえなかった。

 

「うわっち! は、早よこっち来てや!」

 

 孝治は慌てて彩乃の右手をバッとつかみ取り、酒場の一番奥の壁際にあるテーブルに駆け込んだ。

 

それからこの店の本当の給仕係に、彩乃が好きなトマトジュースと、さらに自分と友美の分で、宮崎名物であるマンゴージュースを注文。ようやく落ち着いて、話ができる雰囲気になった。

 

「ま、まあ……そりゃご苦労さんっち言っておくっちゃね☺ で、店長からの命令って、そもそもどげなことね?」

 

 ジュースで喉{のど}の渇きを潤{うるお}してから、孝治は改めて、彩乃に本題を尋ねた。

 

 店長からの伝言があることは、とっくにわかっていたし、その内容も、だいたい承知していた。ただこの場で訊きたいことは、新しい情報のみである。

 

「それは、これなんやけどね♤」

 

 トマトジュースをひと口ストローですすってから、彩乃が制服の左ポケットから探り出した物。それは一通の封筒だった。

 

「ちょっと見せて☞」

 

 孝治はすぐに、彩乃から封筒を受け取り、封を開いて中の便せんを取り出した。このとき友美と涼子も、孝治のうしろから便せんを覗いていた。しかしもちろん、涼子の姿は彩乃には見えていないだろう。それよりも重大な件は、便せんに書かれている内容である。一応、中身の予想はできているのだけど。

 

「まあ、美奈子さんに関することやろうけどねぇ♐」

 

 今さら友美が強調せんでも、もう充分過ぎで怪しかっちゃよ――と、孝治は声に出さないようにして、便せんに瞳を通した。それから自分自身の本心はとにかくとして、書かれている内容を友美と涼子にも聞こえるよう、今度ははっきりと、声に出して読んでみた。

 

「な、なになに……今回の依頼人……天籟寺美奈子さんは、ある重要なる任務を遂行中であるらしい? 詳細はさらに調査を続行中……もともとそげな感じやけどねぇ〜〜☻ やけど肝心なことは、まだいっちょもわかっちょらん、っちことやね☹

 

 孝治はなんだか、シラけた気持ちになってきた。

 

(おれたちが美奈子さんになんか秘密がありそうなことば不問にしちょるのに、店長のほうでは勝手に調べよんやねぇ……ま、いっか☻)

 

 そんな本音は言わないようにして、孝治は便せんの文章を読み続けた。

 

「なお、この件は依頼人本人には、極力黙っているように努め、日々の職務に励むべし? 言うちゃあなんやけど、いつも職務に励んじょるけね☠♨」

 

 仕事うんぬんも、今さらやかましく言われる筋合いではない。それよりも孝治は、次の文章で、瞳を釘付けにされた。

 

「うわっち? 例の騎士団も、南に向かって進行中と判明せり? これにも厳重に注意すべし……やっぱし合馬のおっさんも、こっちば来ようみたいやねぇ☃」

 

 孝治の背中にわずかではあるが、冷たい汗がひんやりと流れ落ちた。しかし便せんには、それ以上の具体策が、一切書かれていなかった。

 

「こ、これって……いったいどげな意味があるとやろっか? 直接的なんか回りくどいんか、はっきり言って、すっごくいい加減な書き方なんやけど☂♨」

 

 背中に感じる冷たい汗と同時に、孝治は腹が立つ思いにもなってきた。

 

「わたしもそげん思う☁」

 

 聞き耳を立てている友美も、同感してくれた。孝治にうしろで、深いうなずきを繰り返しながらで。だが便せんには、まだ続きが書かれていた。孝治はそれも、声に出して読んでやった。

 

「……今回の件、応援者を派遣する用意をこちらで決定済みにしているので、やはり街道で会えるようにしておくこと……やて✍ 誰が来るっちゃろっか? 彩乃ちゃんは知っとうとね?」

 

「そげなん、わたしかて知らんばい♨ でもメモの続きに書いとうっとやけど、街道の途中の宿屋っとか酒場なんかに伝言ば頼んどって、そして孝治くんたちば簡単に後追いできるようにしたほうがええかもしれんっち、メモにあったばい☞」

 

 孝治に尋ねられた彩乃は、トマトジュースを一気飲みしながら、ようやく具体策のようなことを言ってくれた。

 

(なんね、ここまで来る途中で、手紙の内容ばしっかり勝手に読んどんやないけ⚠✍)

 

 などのこの方面でのツッコミは、もう面倒なので、やめておく。それよりも孝治はやはり、騎士団のほうが問題だった。

 

「ふぅ〜ん、伝言けぇ……それば合馬のおっさんに見られんようにするのも、なんかむずかしそうっちゃねぇ♋」

 

ところが、一気飲み干した空のコップを、彩乃がテーブルの上に置き、孝治もそれにうなずいたときだった。突然酒場全体がガタガタガタと、小刻みな震動を開始した。

 

 地震が起きたのだ。


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