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『剣遊記T』

第五章 国境突破は反則技で。

     (14)

「身体検査と申されましてもぉ……ならば、妾{わらわ}がとっておきの魔術を披露しますさかい、それでよろしゅうおま?」

 

「魔術じゃとぉ?」

 

「うわっち! ま、魔術の披露ばするんけぇ?」

 

 衛兵の黒い目ん玉が、見事な点になった――ように、孝治には見えた。ついでに自分も、声を張り上げた。一方で当の美奈子は、真剣なのか、はたまた冗談のつもりだったのか。これまた澄ました顔付きでいた。

 

「はい、そうでおます♡」

 

「そりゃおもしろかやのぉ♡ よっしゃ、見せてみい☞」

 

「うわっち? なんか変な話になったみたい♣」

 

 孝治は意外に思ったのだが、衛兵のほうが、早くもこれに乗り気となっていた。また美奈子の横では千秋が、まるで小悪魔さながらにささやく声が、孝治の耳まで届いていた。

 

「あ〜あ、あのおっさん、師匠を本気にさせよったで☢ 千秋はもう知らんで☠」

 

 やがて美奈子が、魔術の呪文らしき詠唱を開始。これには具体的な仕草はなく、すべてがつぶやきだけで行なわれていた――と、そこまでは良し。ところがそれが終わると今度は、なんと着ている黒衣を脱ぎ始めたではないか。

 

「うわっち!」

 

 まさか美奈子は、このような公衆の面前の場でも、堂々の全裸になる気なのだろうか。衛兵が言うとおりの、いやらしい意味での身体検査に同意をした――とやらで。

 

「うわっち! うわっち!」

 

 孝治はなにがなんだか、美奈子の意図がまるでわからず、半分パニックに近い心境となった。だが、黒衣を地面に落とし、美奈子の柔肌があらわとなるか――と思えた瞬間だった。激しい光が、周辺一帯を一気に包み込んだのだ。

 

「うわっち!」

 

 それから恐る恐る瞳を開こうとした孝治の耳に、あまり聞きたいとは思わない、中年男のダミ声的絶叫が轟いた。

 

「うっぎゃあああああああああっ!」

 

「うわっち! な、なんねぇーーっ!」

 

 孝治は慌てて、悲鳴の発生源――黒ヒゲの衛兵に瞳を向けた。見ればそいつは、ビックリ仰天の顔で、目玉もお口も大全開。ついでに尻餅もついていた。

 

「い、いったい、なんで?」

 

 孝治はその原因――なんじゃないかと思われる、美奈子のほうへと顔を向けた。だが、美奈子の姿は、もうそこにはなかった。代わりに美奈子のいた場所で鎮座していたモノは、孝治、友美、涼子の三人にとって二回目のお披露目となる、例の白いキングコブラであったのだ。

 

「うわっち! うわっち!」

 

「美奈子さん! また化けたと!」

 

孝治と友美の驚き声に、白いコブラがリアクションをしてくれた。それはこちらに顔――というか頭部の鼻先を向け、片方の目(右側)をパチリとウインク😉する仕草を見せてくれたのであった。

 

 遠くから見ても、その仕草がよくわかるのが、ある意味とても不思議だ。


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