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『剣遊記T』

第五章 国境突破は反則技で。

     (13)

「『てんらいじ みなこ』に『たかとう ちあき』やとう? 職業は魔術師……なるほど、それらしい格好ばしちょうのぉ♥」

 

 孝治と友美をさっさと行かせてくれた、黒ヒゲの衛兵。それが早くも、対象者が変わっただけで、元の無礼な態度に戻っていた。

 

「そう言うこっちゃねん☀ そやさかい、早よこっから行かせてえなぁ♨」

 

 これでも千秋としては、かなり控えめ気味のつもりなのであろう。孝治も初めて聞くような猫撫で調子で、衛兵を急かしていた。

 

ツッパリの千秋ちゃんやけど、今回ばかりは大丈夫なんやろっかねぇ?」

 

 審査の様子を遠くから眺めつつ、孝治はハラハラドキドキの心境を隠せない気持ちでいた。しかし美奈子も千秋も、すでに九州の情勢を、大方熟知しているはずである。だから口出しは、一切無用であろう。あくまでも本人たちの吹聴による、自慢話であるのだが。

 

「魔術師んくせに、ずんなか“おごじょ”じゃのう☠ ったく親の顔ば見たいもんじゃ♨」

 

「なんやねん! 親と言えば師匠のことや! 千秋の師匠に文句でもあんのかい!」

 

 衛兵の意地の悪い言い方に、カチンときたようだ。千秋が早くも、ふだんのイケイケ調子に戻っていた。

 

 ところで肝心の師匠である美奈子だが、こちらは瞳だけを露出させたフード式黒衣の姿で、千秋と衛兵のやり取りを、ただジッと見つめているだけ。これでは不審の目で見られても当然と、孝治はハラハラドキドキに加え、さらに冷や汗😅たらたらの思いが増すばかりだった。

 

「……ったくぅ、今までの検問とここは違うっち言うとったとに、あれであのおっさんの相手ばできるとね☃」

 

 などとブツブツつぶやく孝治の、心配どおりの展開となった。衛兵が美奈子を、次のターゲットに変えていた。

 

「ふん、おはんもよか“おごじょ”んようじゃが、その格好で砦を通過しようなんち、太か根性しちょるのぉ☠ それで怪しくないっち言うんやったら、そん顔ば見せてみい♐」

 

 ヒゲの衛兵が地面にペッとツバを吐きつつ、通行証を千秋に投げ返した。どうやら通行証自体には、特に問題はなかったようだ。それとも、いつも門番を驚かせていた通行証とは、今回は違うモノだったのだろうか。もしかすると孝治たちにも内緒で、なにかズルい手段を使っていたりして。

 

 だが、現在それよりも重大な件は、やはり美奈子の服装と容姿であろう。

 

「『顔ば見せてみい♐』とは、それは妾{わらわ}に言っておられるんどすか?」

 

 遠目で見て、どうやら瞳を丸くしている様子からして、美奈子も困惑の色がありありの感じでいた。

 

「そんとおりじゃ! 顔ば見せんと宮崎には入れもうさん! 嫌なら無理にでも身体検査じゃ!」

 

 強面{こわもて}と石頭丸出しなセリフを並べているが、これも孝治の見たところ、衛兵の目と口はやっぱり、好色でニヤけていた。これは先ほどの自分たちへの対応の仕方と、まったく変わらない状況だった。

 

「こりゃ、まずかっちゃよ☠ こげんなったらここでもやっぱ、おれが出らんといけんかも☢」

 

 雇い主が窮地に陥った場合も、護衛の戦士の出番となる。これは出発時と同じピンチが、再び訪れたようなものである。孝治はこのとき、再度未来亭の威光を大きく振りかざし、美奈子を衛兵の魔手から救い出そう――かと考えた。

 

 方法が少々セコいのは承知のうえで。

 

 しかし事態は、孝治の予想から大きく外れる方向へと変わっていた。


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