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『剣遊記T』

第五章 国境突破は反則技で。

     (12)

「通行証、見せえ!」

 

 なんとなくだが、初めに予感をしていたとおりであった。完全日焼け顔のうえ、黒いヒゲでアゴ下を飾っている砦の衛兵が、横柄な態度で孝治たちに突っかかってきた。

 

 ちなみに彼らの服装と装備。特に鎧兜の類は北九州の物と、大した変わり映えはなかった。南北の違いでも、武装に大きな差はないようだ。

 

「ほう、よか“おごじょ”じゃのう♡」

 

 ここは大分と宮崎の国境であるが、衛兵は鹿児島弁丸出しでいた。たぶんであるが、鹿児島市からここまで、派遣をされているのだろうか。だけどその件は別にして、ここで仕事上の特権のつもりか、衛兵が好奇の目線で、孝治の頭のてっぺんからつま先までを、ジロジロと眺め回してくれた。

 

 孝治は全身にブルルッと、ゲジゲジ🐛 ナメクジが這い回るような悪寒を感じた。

 

(なんねぇ、このおっさん、女の品定めが趣味になっとうっちゃね☠)

 

 それでも孝治は、この場で喧嘩をおっ始める気など、毛頭もなし。その代わり、思いっきりの冷たい視線で、ヒゲの衛兵をにらみ返してやった。カエルのツラになんとかなどは、百も承知のうえだった。

 

「孝治、早よ通行証ば見せんね☁」

 

「うわっち、う、うん☠」

 

 心配顔をしている友美から急かされ、孝治は問題の通行証を、衛兵の前に右手で差し出した。男女入れ替え記述のある、いわく付きの通行証を。

 

「ふん!」

 

 衛兵は通行証を取り上げるような感じで、まだなにも言っていない孝治から、バッと左手で受け取った。それから衛兵が、通行証の内容にひととおり目を通してから、ひと言。

 

「男が女になっとうじゃとぉ! 嘘吐けぇ!」

 

(ちぇっ! 覚悟はしちょったけど、やっぱ言われてしもうたっちゃね☢ 店長の嘘吐き☠)

 

 胸に充満するムカツキをなんとか抑え込みながら、それでも孝治は軽くうなずき、衛兵に答えてやった。

 

「まあ、信じられんのも無理なかですけど、これがほんとの話なんですよ♠ おれはほんなこつ、ちょっと前まで男やったとです♥」

 

 もちろん、この程度の根拠薄弱な言い訳で衛兵が納得するとは、孝治自身も思っていなかった。すぐに当然の返事――というよりも、やや方向性の違う無理難題が戻ってきた。

 

「おはんの言うちょうことがほんまか嘘か、今から身体検査ばさせてもらうけんのぉ!」

 

「うわっち!」

 

 孝治は一応驚きの顔になってあげたが、瞳は衛兵の顔の隅々を観察し続けていた。実際に言動こそ厳しいが、このときの衛兵の目は、ほとんどニヤけてゆがんでいた。

 

(このおっさん、早くも本心ばあらわにしようっちゃねぇ☠)

 

 見掛けは偉そうにしているが、こいつの正体は、どうやらスケベ。要するに見た目で女性戦士である孝治を、裸にしてやりたいのだ。理由も充分に有り過ぎるし(通行証の男女書き換え問題)。

 

幸いと言ってはなんだが、今の衛兵の声は、遠くのほうで順番を待っている美奈子と千秋には届いていない様子であった。ふたりともなにか、別の話をしているようで、こちらには一回も振り向いていないので。

 

 まあ、その件は無事だとして(孝治の正体は、まだ美奈子たちには内緒⚠)孝治の背中では今度は、ヒマラヤの雪男たちが集団マラソンで駆け降りていた。

 

(美奈子さんが気づいてないのはラッキー♡なんやけど、はっきり言ってこのおっさん、気色悪かぁ〜〜☠)

 

だけどその前に、もう一度通行証の審査みたいなこともやっていた。ヒゲの衛兵が重箱の隅を楊枝でほじくるかのようにして、再び念入りに調べ始めた――と、思っていたら、だった。衛兵の顔色が、色黒から真っ青へと、急激に変化を起こしたではないか。

 

「お、おはんら……み、未来亭から来たとか……?」

 

 おまけに横柄だった態度と口調も、見事に豹変。その変わり身ぶりは、孝治も見ていて唖然とするものだった。

 

「……そ、そうたい! な、なんか文句あるとね!」

 

 多少のとまどいを感じつつ、孝治は精いっぱいの虚勢で応えてやった。それと同時だった。未来亭の名にこれほどの効果があったことにも、ある種の戦慄を改めて感じ直していた。

 

(こ、こげん田舎道まで、黒崎店長の威光が効くなんち……店長が言うたことに、嘘はなかったっちゃね♋ でも、未来亭の名が島津の領内にまで轟いちょるなんち、正直知らんかったわぁ……☂☃)

 

 もはや孝治の男女問題でさえ、早くもどこかに吹き飛んだ格好。そんな孝治の前だった。衛兵は今や震える手付きになって、今度は友美の通行証を審査していた。孝治にこれ以上、関わらないようにしている――かのように。

 

 それはとにかく、初めの予想では友美にはなんの問題もないので、審査自体はスムーズに行くだろうと、孝治は思っていた。ところが友美に対する反応も、孝治の場合と同じであったのだ。

 

「お、おめ……いえ、お嬢さぁも未来亭のお人なんですか! ないがなし失礼しましたぁ! さあ、さっさと行きもうせ!」

 

 ヒゲの衛兵自らが率先して、旅の進行までもうながしてくれる有様。これにて第一関門突破は、孝治・友美組の勝利――とは言えないだろうか。

 

『へぇ〜〜、孝治も友美ちゃんも凄かもんやねぇ♋ それに未来亭もそげん凄いとこやっち、改めて思い知ったばい☀』

 

 涼子が孝治と友美の頭上で驚いていた。

 

「ま、まあ……おれ自身も改めてビックリもんやけどねぇ〜〜♋」

 

「実はわたしもなんよねぇ⚠ こげなとこで、未来亭の名で驚かれるなんちねぇ〜〜⛐」

 

 孝治も友美も、涼子の驚きに、顔をそろえて苦笑いで応えるしかなかった。それから友美が、孝治と涼子に言ってくれた。

 

「わたしたちんことは、とにかくこれで、一応無事に済んだっちゃけど、次に控える大問題は、やっぱ美奈子さんと千秋ちゃんばいねぇ⚠」

 

「そうっちゃねぇ♐」

 

 孝治も深くうなずいた。


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