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『剣遊記U』

第五章 鉱泉よいとこ。

     (6)

「皆さん、朝ご飯できたあるよ☀ 早く食べて出発するよろし✈」

 

 なんだかんだと騒いでいるうちに、到津が朝食を作り終えたらしい。洞窟の前に広がる原っぱで焚き火が燃やされ、その上に木の棒を組んで鉄鍋が吊り下げられ、なにやらグツグツと煮込まれていた。

 

 孝治の目を覚まさせた良い香りの元は、この料理だったのだ。

 

 見ればなんだか、得体の知れない煮物であるが、うまそうな匂いに変わりはなし。これに裕志が、好奇心と恐怖心の両方を兼ね備えたような顔をして、恐る恐るで到津に尋ねた。

 

「これ……すっごくおいしそうに見えるとやけどぉ……材料はなんなの?」

 

 すると到津が、木の枝で鍋の中をぐるぐるとかき混ぜながら、毎度の笑顔で答えた。

 

「なにも心配ないあるよ♡ 今朝ワタシ早起きして、ぼいしゃげて(島根弁で『追い駆けて』)捕まえたイノシシ、解体して料理したあるね☆ 獲れたて新鮮、滋養強壮、栄養満点♡ これたくさんたくさん食べる☕ 険{けわ}しい山道、楽々突破あるよ♪ みんな万歳、これ幸せの元♡」

 

「…………?」

 

 到津の早口で、裕志が目をパチクリとさせた。そんな青年魔術師に、秀正がうしろからそっと声をかけた。

 

「裕志、毒感知の魔術ばかけてみちゃってや♠ おれがあいつの気ぃそらすけ♐」

 

「う……うん☁」

 

 裕志は少々気まず味そうな顔になって、秀正にうなずいた。それから秀正が、到津にどうでもよいような話題を持ちかけた。

 

「ちょいよかっちゃね、到津さん☛」

 

「はい、なにあるね?」

 

 到津が簡単に、話に乗ってきた。

 

「あんたはいったい、どげな趣味ば持っとうとね?」

 

「あいやあ?」

 

 この隙に裕志が小声で呪文を唱えながら、右手を鍋の上にそっと差し出した。手の平を下に向けて。

 

 孝治はこの間、秀正と裕志の演技を、ほんなこつわざとらしかぁ〜〜と思っていた。しかし孝治も、ずっと前に友美から教えられて知っているのだが、もしも本当に毒物が含まれていたとしたら、裕志の術でただちに料理が異臭を発生させるはずである。

 

 だがその心配は、杞憂{きゆう}だった。

 

「なんの反応もないみたい……☁」

 

「そうけぇ……でも……もう一回、友美、やってみて☁」

 

「うん……☁」

 

 裕志の魔術では異常なしとでた。しかし念には念を入れて、孝治は友美にも同じ魔術をかけさせた。いつの間にか、秀正に同調するような格好で。

 

 結果はやはり、シロだった。友美も裕志と同じセリフを繰り返した。

 

「なんべんやったかて、おんなじっちゃね☀ 食べて安心なんは、わたしが太鼓判ば捺{お}してもええくらいやけ♥」

 

「で、とりあえず、仕掛けはなし、っちゅうこっちゃね✌ じゃあ食べさせてもらうけん♡」

 

 とにかく裕志と友美、ふたりそろっての品質保証であれば、孝治にためらう必要はなかった。

 

「では、いっただっきまぁ〜〜っす♪」

 

 我ながら現金な性格っちゃねぇ――と思いつつ、孝治はいの一番で小皿とお玉(到津用意――出所不明)を持って、鉄鍋(これも同じ)の料理をご相伴{しょうばん}させてもらおうとした。

 

 たった今まで隠し持っていた疑念の気持ちなど、まさにどこ吹く風やと自嘲しながらで。

 

 だが次の瞬間だった。ドテドテドテッと、孝治、秀正、裕志の三人が、そろってコケた。その理由は後輩たちが毒の感知を終わらせてからわずかの間に、荒生田が小皿とお玉を持って、料理の半分をとっくに平らげていたからだ。

 

「おかわりっ! いやあ、うまかっちゃねぇ、このイノシシ鍋はよう♡ けど、もうちょい塩味ば効かせたほうが、オレはよかっち思うばい♥」

 

「そうあるか☹ ワタシもうちっと、料理の勉強するだわね☕ それにしてもあなた、よく食うあるよ♋ もう駆けつけ五杯目ね☢ いくら美味でも、食べ過ぎよくないね☠」

 

 などとさすがの到津も、荒生田の早食い大食いぶりには、目が白黒の有様となっていた。

 

「せ、先ぱぁ〜〜い☂」

 

 孝治は実に嘆{なげ}かわしい気持ちになって、いまだコケた格好のまま、荒生田に詰め寄った。だけどサングラスの先輩は、どこかピンとこないような顔付きだった。

 

「おっ、どしたどした? それよかおめえらも早よ食うったい☀ ほんとにマジでうめえからよう♡」

 

「きのうのカッコよかったセリフは、いったいなんやったとですかぁーーっ!」

 

「ん? オレなんか言うたや?」

 

 孝治の嘆きの意味など、わかろうはずもなし。荒生田が駆けつけ六杯目に取りかかった。


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