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『剣遊記U』

第五章 鉱泉よいとこ。

     (4)

「はれ……うわっち!」

 

 パチッと瞳を覚ます。すると真正面に到津の愛嬌たっぷりな顔があり、孝治を真上から覗いていた。

 

「『はれ……うわっち!』じゃないあるよ♠ 寝てる(-_-)zzzとこ悪いけど、もう朝だわね☀」

 

「あ、ああ……悪い悪い……あれは夢やったっちゃね♠♣♦」

 

 どうやらお目覚めの時刻らしい。だけど強烈な悪夢を見たあとなので、孝治の寝覚めの気分は最悪そのもの。

 

 昨夜はけっきょく、野宿をすることに決めて、山をよく知る到津の案内で手頃な洞窟を見つけ、そこで野営を行なった。そのため洞窟の入り口では今も、昨夜からの焚き火がプツプツと燻{くすぶ}りを続けていた。

 

 野獣や怪物からの襲撃を防ぐため、夜通し燃やされ続けていた炎であった。しかも警戒の対象は、外部からの敵だけではないのだ。

 

 夜の間、孝治たちは交代で寝ずの見張り番を実行した。しかし到津が当番のときだけ、別のひとりがこっそりと起きて、彼を見張っていた。

 

 これは信用がまだできない到津に対する、言わば疑心暗鬼的な対策だった。

 

 もっとも昨夜は、これといって何事も起こらずに済んだわけなのだが。

 

 孝治の見張りの順番は、真夜中の丑三{うしみ}つ時。つまり到津を含めて全員の熟睡が、一番深い時刻となっていた。

 

それでもこのときは、なにもなし。そのあとは孝治自身もぐっすりと睡眠ができたわけなので、これはこれでラッキーと言えるかもしれなかった。

 

 実際敵かもしれない人物が間近に存在しているというのに、考えてみれば呑気な話と言えたりして。でもそのために悪夢も見てしまったかと思えば、これはこれで、一種の自業自得と言えるのかも。

 

 それでもとにかく、まぶたをこすりながら、孝治は上半身だけ置き上り、くるりと周囲を見回した。

 

 友美も秀正も裕志もとっくに目を覚ましていて、それぞれ大きなあくびを連発中。ついでに言えば涼子も立ち上がって、いっちょ前に背伸びなんぞをやらかしていた。

 

 姿格好(すっぽんぽん)については、この際不問にしておく。それよりもつまらない疑問が、孝治の頭に浮かんでいた。

 

(涼子っち確か……自分の肖像画でいつも寝ちょうっち、言いよったような気がするっちゃけどぉ……?)

 

 そこまで考えて、孝治はブルブルッと頭を横に振った。

 

「まっ、よかっちゃね☀☆」

 

 つまらないことで悩むのが、正直面倒になった理由もあった。それに加えて、洞窟の外から漂{ただよ}ってくる美味{おい}しそうな香りが、孝治の腹の虫をグルルっと刺激したのだ。

 

「さっ、起きるっちゃね☀」

 

 本心では腹減ったばい――と言っているのだが、そこはまあ、見栄である。早速、夜間の冷え込みと夜露防止のために深くかぶっていた携帯毛布を、孝治はガバッとのけようとした――のだが、毛布がなぜか、人ひとりの体積分、よけいにふくらんでいた。

 

「うわっち?」

 

 このときになって、孝治は気がついた。毛布の下にある自分の下半身が、妙に重たいような感じがした。それはまるで、自分の上にもうひとり、誰かが乗っかっているような感覚だった。

 

「ま、まさかねぇ……☠」

 

 顔面から血の気が引く思いで、孝治は毛布を一気にガバッと剥いでみた。

 

「せ、先……輩……!☢」

 

 今度は下アゴが、ガクンと下まで落ちる思いがした。その理由はなんと、荒生田が毛布の中に入り込み、孝治の両足にしっかりと抱きついた格好で寝そべっていたからだ。

 

「ん……もう朝け……?」

 

 荒生田もシラジラしく目を覚ました。ただし寝ていてもサングラスはかけたまま。さらによけいなひと言も忘れていなかった。

 

「あ〜〜、気持ち良かったっちゃねぇ〜〜♡ 孝治、おまえの肉布団は最高ばい♡ おかげでひっさしぶりに桃源郷の夢に浸れたけねぇ〜〜♡」

 

「ええ加減にせんけぇーーっ! こんド変たぁーーいっ!」

 

 孝治は右足で、ボゴッと渾身の蹴りを決めてやった。先輩の胴体そのものを、でっかいターゲットにして。

 

「ええ夢見るっちゃぞぉーーっ♡」

 

荒生田が毛布ごと、洞窟の外までビューンと飛んでいった。


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