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『剣遊記U』

第五章 鉱泉よいとこ。

     (2)

 孝治はなんの抵抗もできないまま、友美と涼子のふたりから引きずられるような格好で、ついに城の門前まで連れてこられた。

 

しかもここでもまた、見知った顔がふたつ並んでいた。

 

「秀正に裕志やなかっちゃね! なんしよんね、こげなとこでくさぁ!」

 

 孝治は魂消{たまげ}た。服装はいつもの格好だが、城を守る警備兵のつもりらしい。門の右側に秀正。左側に裕志の陣容で並んで立っていた(裕志など、ギターまでもちゃんと背中に背負っている)。

 

 無論ふたりとも、孝治の問いには答えず。声をそろえて、城の門を開くだけだった。

 

 両者ともに、ニヘラ笑いを浮かべながらカッコをつけて。

 

「いらっしゃあーーい♡ 御主人様がお待ちでぇーーっす

 

 ここでも謎の『御主人様』。それはそうと、見た目に頑丈そうな観音開きの正門が、ふたりが手を触れたわけでもないのにギギィ〜〜っと気味の悪い音を立て、勝手に左右に開いたのだ。

 

「うわっち! な、な、な、なんねえ、これぇーーっ!」

 

 孝治の前に公開された城の内部は、まさに仰天ものの極致。こんな光景、孝治は産まれてから一度も見たことなし。ただし、作り話としてなら、昔聞いた覚えはあった。確か四文字熟語で、その光景を言い表せるはず。

 

 『酒池肉林』と。

 

「う、嘘やろぉ……☁☂☃」

 

 孝治は思わずで、うめき声を洩らした。孝治にそんな声を出させた城の内部は広大な庭園であったが、色とりどりの花々が咲き乱れ(それも胡蝶蘭やらやら朝顔やらヒマワリやら薔薇やら。場所柄っとか季節性を完ぺきに無視。ここまで到れば、花に対する完全なる冒とくである⚠)、白や黄色や極彩色の蝶々たちが飛び回っていた。

 

 さらには庭園の約半分ほどを、広い面積で人造らしい池が占め、豪華絢爛{ごうかけんらん}な錦鯉たちが、優雅な泳ぎを見せていた。

 

 実際、これほど贅沢な建造に、いったいどのくらいの建設費がかかるものなのか。孝治にはまったく見当がつかなかった。

 

 だがそれは、この際知らなくても良い話である。孝治とは無縁の、どこかの成り上がり田舎貴族あたりが、勝手に金をはたいて造ればけっこうなだけのことであるから。

 

 それよりも問題は、『肉林』のほうにあった。

 

「み、みんな……け?」

 

 孝治は自分の瞳の正常を疑った。それと言うのも、庭園には思い思いにたたずんでいる美女たちがいたからだ。しかも全員が全員、生まれたまんまの、一糸もまとわぬ格好で。

 

 だがさらにもっと驚愕する事実があった。それはみんな、孝治の顔見知りばかりなのだ。

 

 未来亭で働く給仕係たち――由香に彩乃に桂に朋子に登志子に、その他大勢。おまけに秀正の新妻律子もいれば、同業の戦士である清美もいた。

 

 中でも極めつけは、魔術師の美奈子だった。なんと彼女までが裸となって、周りの女性たちといっしょに、庭園で戯{たわむ}れていた。

 

「なん、ぼぉ〜〜っち見惚れとうとね?」

 

「うわっち!」

 

 このとき友美のひと声で、孝治はハッと我に返った。

 

「と、友美ぃ! おまえまでね!」

 

孝治はここで、またも驚いた。見れば友美も着ていた革鎧などを全部脱いで、あられもない姿でいるからだ。

 

なぜか肝心な部分が、ぼやぁ〜〜っと靄{モヤ}がかかっているように見えるところが、不思議と言えば不思議であるが。

 

 でもってもちろん、涼子もいた――こちらはふだんと変わりはないか。

 

「おまえらふたりまで……いったいここってなんね?」

 

 とにかく疑問満載の孝治に、友美は答える気が全然ないようだった。

 

「孝治も早よ、裸になりんしゃいよ!」

 

「うわっち!」

 

 とにかく一方的に言ってくれるだけ。しかも涼子までが調子に乗っているようで、友美をうしろから後押ししていた。

 

『そうそう、服着とったら、御主人様にしばかれるけね♡』

 

「やーかーらー! そん御主人様っち、いったい誰やっちゅうとやぁ!」

 

 左右からはさみ撃ち攻撃をかける友美と涼子に腹を立て、孝治は大声でわめき散らした。だけどなんだか、体がすうすうと、涼しい感じもしていた。

 

「うわっち?」

 

 ――と思って、孝治は我が身を顧{かえり}みた。

 

「うわっちぃーーっ! こ、これってなんねえ!」

 

 今になって気づけばいつの間にやら、着ていたはずの革鎧や衣服が、すべて消失。孝治も友美たちと同じように、完全な真っ裸姿となっていた。

 

 もちろん(しつこいけど念のため申せば)男性体ではなく女性体なので、この場に裸でいても、孝治はなんの問題もないだろう――はずがない! 孝治は超大慌てとなって、右手と左手で、それぞれ一番大事な二箇所をパッと隠した。

 

「ちょ、ちょ、ちょい待ち! おれまで裸にして、いったいなんが始まるとやぁーーっ!」

 

 などと叫んだあとで、これまた気がつけば、孝治は庭園のド真ん中に立っていた。

 

「おいっ! おれは門のとこにおったとに、なして城がこげん近づいたとやぁ?」

 

 孝治は絶叫を繰り返したが、誰も耳を傾けてはくれなかった。その理由は城のどこからか、ウグイス嬢の厳粛な美声が鳴り響いたからだ。

 

「御主人様のぉおなぁ〜〜らぁ〜〜……じゃなかった、おなぁ〜〜りぃ〜〜♪♫♬」

 

 いったい誰が言っているのか、全然わからなかった。


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