前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記U』

第五章 鉱泉よいとこ。

     (1)

 孝治の瞳の前に、巨大な石造りの城郭がそびえていた。それも明らかに、建造されてまだ間もないような、新築の王城🏰であった。

 

 城の外観は、周囲をケバケバしい装飾(それもなぜか、折り紙で作った紙のチェーンや、ちり紙製手造りの造花ばかり。おまけに万国旗まで並べられているので、まるで運動会だ⛑)で彩{いろど}られ、外壁も赤やら青やら黄色その他のまだら模様で彩色されていた。

 

 要するに悪趣味。このようなシロモノを見せられた日には、たとえ孝治でなくとも、気分が鬱{ウツ}になってしまうに違いない。

 

 この城の持ち主は、きっと(自粛)な野郎に決まっている。

 

 だから、こんな妙ちくりんな所に用はない。おれには一切関係なか――の態度で立ち去るのみ。いの一番にそのような前向きな行動を考え、孝治はクルリと城に背を向けた。

 

「帰ろっと✈」

 

 ところが回れ右をしたとたんだった。孝治の真正面に友美がいた。

 

「うわっち!」

 

 しかも彼女は、なにか怒っているような顔付きで、孝治に爆弾💣発言を投げつけてくれた。

 

「なんこげなとこでうろうろしよっと! 早よ城に戻らな、御主人様がお待ちなんやけね!」

 

「うわっち! 御主人様ぁ?」

 

 孝治は友美がいったいなにを言っているのか、さっぱり見当がつかなかった。実際、身近にいる目上の人物で、仮に『御主人様』に該当しそうな心当たりは、未来亭店長である黒崎氏だけ。だが、それはあくまでも単なる雇用関係であって、別に忠誠を誓っているわけではない。

 

「ちょ、ちょい待たんね! おれは誰の家来にもなった覚えはなかっちゃけね!」

 

「馬鹿んこつ言うとらんで、さっさと行くばい!」

 

 完全にうろたえ気味である孝治の御託など、やはり完全に聞く耳持たず。友美が孝治の左腕をガッシリとつかんで、凄い力でグイグイと、城の方向へと引きずった。それもふだんの彼女からはまったく考えられないほどの、物凄い底力でもって。

 

「な、なんねえ! 友美はいつから、こげん力💪が強うなったとやぁ!」

 

「そげなこつ、訊いとる場合やなかでしょう!」

 

 いくらわめいても叫んでも、友美は一切答えてくれなかった。それどころかそのままグングン、孝治を城の門前まで引っ張っていこうとするばかり。また、このときになって孝治は気がついたのだが、右腕も誰かに握られていた。

 

「うわっち! りょ、涼子ぉ!」

 

 驚くべき事態が発生した。なんと幽体である涼子までが孝治の右腕を両手でつかんで、友美と同じように、城まで連れて行こうとしているのだ。

 

 もちろん涼子はいつものとおり、気楽な幽霊の真っ裸姿。だから体は透けていて、その向こうの景色がはっきりと見えていた。

 

 その向こうの景色とは、太陽がさんさんと照りつける、どこかの砂漠地帯――なのだが、暑くもなければ乾いてもいない。ノドも水分を求めているわけではなかった。

 

そんな摩訶不思議な砂漠のド真ん中に、場違いな城がデデンと居座っているわけなのだ。

 

 真にもって奇妙奇天烈。すっごく変な情景といえた。

 

 それはまあ、今は置いておく(置くなよ♨)。それよりも問題は、当の涼子にあった。涼子の体は見た目と同様、完全に透けて、触れることがまったくできないはず――だった。ところがそれがなんと、不思議な話。確かな感触を持って、孝治の右腕を握っているのだ。

 

もちろん孝治は、その疑問も訊いてみた。

 

「涼子! おまえいったい、いつ実体化したとやぁ!」

 

しかし涼子は、『それがどげんしたとね★』の顔付きで、ぶっきらぼうに答えてくれるだけでいた。

 

『よかやなかい、そげなこつ⛑ いっちょも気にせんでよかばい⛔』

 

「こっちが思いっきり気にするやろうも!」

 

『それよか御主人様がお待ちやけんね♡』

 

 けっきょく涼子も、友美と同じ。孝治の質問はほぼ無視の態度を貫きとおし、謎の『御主人様』を繰り返すばかりとなっていた。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system