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『剣遊記U』

第五章 鉱泉よいとこ。

     (18)

「おや? 地震あるか?」

 

 到津がわざとらしく、周辺をキョロキョロと見回した。

 

 それでも孝治は、しつこく迫った。

 

「ごまかさんで、ちゃんとおれたちの疑問に答えんかい♨」

 

 だけども轟音自体は、実は孝治にも、しっかりと聞こえていた。だが今は、自分自身に関する話題そらしのほうが、孝治にとってずっと大事な重要案件なのだ。

 

 しかし到津は、孝治には聞く耳持たず。もはやそれどころではなし――と言わんばかりに、音が聞こえた北の方角を、右手で指差して叫んだ。

 

「な、なんとビックリあるね! あんなおぞい光景、ワタシ見たことないある! 皆さん、あれ見るのこと!」

 

「はあ?」

 

 なんとも臭い芝居っちゃねぇ――と思いつつ、孝治を始め全員が、北の方角に目を向けた。

 

 最初に裕志が、のんびりとした口調でつぶやいた。初めのうちだけ。

 

「なぁ〜んねぇ♐ 木が動いてこっちに来ようだけばいね……って、木が動くって、なんねぇあれぇーーっ!」

 

 裕志の悲鳴に合わせて、孝治も驚きの声を上げた。

 

「うわっちぃーーっ! な、なして木が勝手に動きよっとやぁーーっ!」

 

 これにて早くもパニック状態。鉱泉に入浴中である面々全員、右往左往で騒ぎまくった。それもそのはず、孝治もすでに発言済みだが、巨大な杉の木が明らかに自分の力でもって、こちらの鉱泉に向かってきているからだ。

 

ドスーンドスーンと地響きを立てながらで。

 

 しかし怪物の知識にくわしい友美だけは、事態を冷静に眺めていた。

 

「あれって、もしかして……トレント{樹人}やろっか?」

 

「それって……もしかして、そんとおりかも☠」

 

 孝治も名前だけなら知っていた。これも戦士の学校で習った、必修科目のひとつであったので。

 

 その友美の言うトレントとは、何千年も生きてきた老木が、なにかしらの原因で自我を獲得。ついには自分自身の力で自在に動き回れるようになった、植物系怪物の総称である。

 

 ただし、その性格はおだやかで、話せばわかり合える人(?)の良さもあるという。

 

 だが、友美の言葉を耳に入れたらしい到津は、即座にこの推測を、頭を横に振って否定した。

 

「いや、そが〜にことないわや☁ ワタシ、この森住んで長いあるけど、今までトレントさんに会ったことないある!」

 

「やったら、あの気になる木はなんの木っちゅうとやあ!」

 

「オレたい!」

 

 秀正が怒声を上げるのと同時だった。なんと木のほうから返事が戻ってきた。それもこの場にいる者全員、よく知っている声が。


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