『剣遊記U』 第五章 鉱泉よいとこ。 (17) 「しかしワタシ、大変驚いたわあるね☀」
「な、なんれぇ……☁」
ここでいきなりだった。到津が大真面目な顔になって、孝治に話しかけてきた。
だけども残念。このとき孝治の呂律{ろれつ}は、少々不回転気味になっていた。もっともそれでも構わないかのようにして、到津は話を続けた。
「ワタシ、ここ男女混浴言うたけど、入ってきた女の人、ワタシの記憶にある限り、あなたがひさしぷりあるね✐ ワタシ、ちょっとだけ感激したのこと☀ その大きなおっぱい、ワタシもひさしぶりに鑑賞しただわね✌」
「うわっちぃ……女の人ぉ……おっぱい……うわっち!」
到津のセリフでようやく、孝治は自分が胸を丸出しにしていることに気がついた。ついでに酔いも、一部で冷めた。
無論、時すでに遅し――とも言えるが、孝治はとにかく大慌てになって、今まで胸に巻いていたタオルがどこにあるのかと、キョロキョロと周囲を見回した。しかし、たった今までのどんちゃん騒ぎが災い。右を見ても左を見ても、肝心のタオルは見当たらなかった。
「もう! しょんなか!」
こうなれば仕方がなし。孝治は肩までジャブンと、お湯に浸かるしか逃げる手立てがなかった。
そんな孝治の慌てぶりを見てくすくすと含み笑いをしながら、秀正が到津の右耳に、そっと耳打ちをした。それもわざと、孝治にも聞こえるような、少々大きめの音量でもって。
「違うっちゃよ♥ 孝治んやつ、あげん見えてねぇ……♪」
この次のセリフは省略。とにかく孝治の秘密とやらを、見事盛大に暴露してくれた。
「あいやあ!」
とたんに到津の小さな両目が、ひと回り大きく開かれた。しかも当然、孝治を見る目が、先ほどまでとはまったく違ったものになっていた。
「孝治さん、あなた男だったあるか!?」
「……そ、そうたい……なんか文句あるとね☠」
居直りにプラスアルファで恥ずかしいの気持ちも交えて、孝治は小さくうなずいてやった。
おかげで酔いが、完全に冷めた感じ。だけども到津は、孝治の酔いではなく恥ずかしい思いで赤くなっている(であろう)顔をさらに見つめて、もはや遠慮もなにも無しでわめいてくれた。
「またまた、あいやあ、あるよ☀ これワタシ初めてお耳にする、はいごん(島根弁で『大騒ぎ』)な珍事あるね✐ この世に生受けて、千と三百十九年、こが〜にビックリ話、滅多にお目にかかれない✍ ワタシ幸運か不運か、誰か教えてほしあるね♐」
「ちょっと、大袈裟過ぎやなか?」
孝治も思わずつぶやいたが、本当に大袈裟極まる、到津の驚き表現だった。しかし同時に、今の発言の中に重大な問題点が含まれていたことも、孝治はしっかりと聞き逃さなかった。
もちろんすぐに、突っ込まないといけない。自分自身の性転換話を、さっさと棚上げにするためにも。
「それよか、千と三百十九年って、なんね?」
「あいやあ! 聞こえたあるか☠」
「うん、聞こえたある☀」
今の到津には、しゃべり過ぎをごまかす余裕もないらしい。単純に『しまった☢』の顔となっていた。また当たり前だが、孝治に容赦の意思はなし。さらに秀正と裕志も、孝治に同調をしてくれた。
「おれも聞いた♠」
「ぼくも♦」
おまけに友美までが、いつの間にやら、孝治の右隣りに戻っていた。
「わたしも聞いた♧」
ついでに涼子も悪乗り。
『あたしもね♥』
到津に自分の姿を見せていない立場など、これまたまったくのお構いなしで。
「ははははは……あるね☻✋」
到津はもはや、中身のない作り笑顔を浮かべるしかないようだ。そこへドドォーン、バキバキバキッと、まるで追い詰められた到津を救うかのごとくの事態が発生した。
なんと、突然周囲の森から、木々が次々と倒れるような轟音が鳴り響いたのだ。
さらにズッシャアアアアアアアアアアアアンと、なにかが破壊される衝撃音が、湯船に大きな波紋を生じさせた。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |