『剣遊記U』 第五章 鉱泉よいとこ。 (16) 「まあまあ、ひとり除いて皆さんそろうたある♡」
今までほとんど会話に参加をしていなかった到津が、これもちり紙と同様、いったいいつの間に用意をしていたのだろうか。お盆にお銚子{ちょうし}とお猪口🍶を、人数分載せて持ってきた。
もちろん腰にしっかりと、タオルを巻いた格好である。あしからず。
それから上機嫌な感じで、ひと言。
「ここらで皆さん、温泉酒飲んでたばこして(島根弁で『ゆっくりして』)いくよろし☺ これとても美味しいね♡」
「うわっち、お酒けぇ、よかやねぇ♡」
などと、口では一応うれしそうに言ってやったが、孝治は到津に対する警戒を怠{おこた}らなかった。すぐに左隣りにいる友美の右耳に、こっそりと耳打ちをした。
「ちょっと頼むけ♣ また毒感知しちゃってや♐」
「しょうがないっちゃねぇ♠」
孝治はいただいたお酒を到津から見えないようにして、そっと友美の前に差し出した。
「どげんね?」
「ちょい待ち✐」
友美がお猪口を前にして、朝食のときと同様、静かに毒の成分をあぶり出す呪文を唱えた。
結果は再び、異常なし――と出た。
「これもやっぱり無害っちゃね✋ わたしたちなんだか、到津さんば疑い過ぎとうみたい✄」
「そうけ✍」
友美からこうまではっきり言われると、孝治もだんだんと、疑う自分が悪いような気になってくる。しかしだからと言って、『そうっちゃね✌』と簡単に警戒を解くわけには、まだまだ絶対にいかないのだ。
なにかよほど、信頼が万全となるような事態でも起こらない限りは。
それはともかくとして、安全とわかれば早速、お酒のご相伴となる。
「うまかぁ! これ、なんて酒なの?」
我ながら現金やねぇ〜〜を自覚しつつ、孝治は到津に、酒の種類を尋ねてみた。到津はこれに、本心からうれしいような感じで答えてくれた。
「これ米酒あるね♪ 日本の精米、発酵させて蒸留すると、こが〜に綺麗で美味しい酒、出来上がるのことよ♫ これ、先人の努力と知恵あるね♬」
「ほう、どれどれ☻」
秀正と裕志もノドをゴクリと鳴らし、米酒の相伴に授かった。
「うん! いける✌」
「ワインよかさっぱりして飲みやすいっちゃね☀」
いつしか鉱泉は、男たちと元男の四人で盛り上がる、宴会の場と化していた。そのため酒が飲めない友美は酒宴の会場から離れ、湯船の一番右端に移動。そこで涼子と並んで肩まで湯に浸かったまま、瞳の前で展開されているどんちゃん騒ぎを、シラけた気持ちで眺めていた。
「やっぱ孝治って、中身は男ん子なんよねぇ♀♂ お酒のせいかもしれんとやけど、すっかりみんなに溶け込んどうけ⛾ わたしにはとても無理やけできんっち思うことやけどねぇ☁」
『ほんと、タオルが落ちて、おっぱい丸出しになっとうっちゅうとに、いっちょも気づいとらんみたいやけ☠ マジであれ、いつ気づくとやろっか? 温泉に入る前は、『絶対前ば見せんようにするけ⚠』っち、自分で言いよったとにねぇ☻ これって、さっきのお尻どころの比じゃなかっちゃけね⚠』
実際に、友美と涼子がささやき合っているとおり、実は飲み慣れていない米酒で、孝治は完全に舞い上がっていた。
つまりが男三人の前で、思いっきりのはしゃぎまくりの、先ほどよりもさらに過激なサービス(?)ぶり。おかげで裕志の鼻のちり紙が赤く染まりきって、湯船にポタポタと(血液が)こぼれ落ちている状態にも、このときはまだ知らないままでいた。
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