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『剣遊記U』

第五章 鉱泉よいとこ。

     (15)

「ごっめぇ〜〜ん♡ お待たぁ♡」

 

「ほんと、ごめんなさいねぇ☀」

 

 孝治と友美はわざと遅れて、鉱泉に姿を現わした。先客である三人(秀正、裕志、到津)の、度肝を抜いてやるつもりで。

 

「ぎょっ!」

 

 もはや誰の驚き声でもよし。三人が三人とも、孝治の期待どおりのリアクション(目玉を飛びっきり大きく開いて、全員が孝治に注目。ヘビー級の仰天顔で⚠)をしてくれた。

 

 もちろん孝治は、着ている物を全部脱いだ、完全真っ裸の格好――だからと言って、まったくの開けっぴろげ――というわけではない。きちんとタオルを両手で持って、体の前のほう(?)を隠していた。

 

 それと友美も、もちろん入浴なので服はみんな脱いでいるのだが、こちらも体にきちんとバスタオルを巻いていた。よくある温泉リポーターの、タオル巻きOKのスタイルである。

 

 従って、このふたり(孝治と友美)の登場によって、秀正たちが目のやり場に困る――ということにはならないだろう(しかしこの姿は、かえって挑発的とも言えそうだ。だって友美はともかく、孝治のほうは前を隠してお尻隠さず――であるからして☻)。

 

 さらにこの鉱泉は、男女混浴が建て前なのだ。その趣旨に従えば、男性の中に女性(たとえ元男であっても)があとから入ってきても、なにも問題はないはず――である。

 

 だが、それでも――なのだ。それなりに見事な女性の裸身である、孝治の入湯(友美はなぜか、いまいち注目されていない⛔)。この事態はヤローどもを仰天させるシチュエーションとして、充分すぎるほどのビッグサプライズとなっているだろう。

 

 とにかくそんな男たち注視の中である。孝治は堂々と湯船に、まずは右足から入り、三人と肩を並べた。友美もあとから続いた。

 

 おっと、今孝治たちが入っている鉱泉の舞台説明についても必要であろう。

 

 到津が案内をしてくれた鉱泉の湯船は、ほとんど廃墟同然の石造りの建物(二階建て)の庭先に、けっこう広い面積でもって造られていた。恐らくこの近くに源泉があって、そこからお湯を流し込んでいるのだろう。

 

 石見銀山が閉山となってもう何年も経っているので、さすがに現在、頻繁に入る者は到津ひとりとなっていたようだ。しかし建物自体はボロボロの朽ち果てに近い有様なのに、この湯船だけは楕円形{だえんけい}の縁{ふち}に並んだ大理石。それと湯船のタイルなどがピカピカに磨かれ、畳八畳分ほどの広さに満々とお湯は湛{たた}えられていた。

 

 これらはすべて、到津が自主的に管理をしていた成果みたいだ。

 

 おまけで言えば、湯船は完全な露天風呂の形式であり、周辺には石見の山々が連なる絶景が広がっていた。

 

「ほんなこつ、ええ景色っちゃねぇ♡」

 

 いったん肩まで浸かったあと、孝治は立ち上がって三人に背中を向け、パノラマ的に広がる中国山地の風景を堪能した。あとで聞いた友美からの苦言によると、孝治は背中丸出し――つまりお尻も丸出しにして、三人(秀正、裕志、到津)に大公開していたという。

 

 しかし孝治は、このとき友美に軽く返してやっていた。

 

「尻くらい、別に見られたかて、全然平気なもんやけ☻」

 

「開き直っとうちゃねぇ☺☻」

 

 この件はまあ、あとの話にして、現在に戻る。

 

 とにかく先客である秀正が赤い顔になって、大胆に振る舞う孝治にささやいた。いつもの白いタオルを、ここでも頭に巻いたままにして。

 

「は、初めておまえの生{なま}の尻と……それからチラッと見えたとやけど、おまえのおっぱい……けっこうデカいっちゃねぇ……☀☁☂ なしておれたちに、そげんサービスするとや?♡」

 

 孝治は再び肩まで湯に浸かり直して友美と並び、それから澄ました顔のつもりで、秀正に応じてやった。

 

「まあ、ありがとっちゃね♡ 確かにこれは、おれのちょっとしたサービス(過剰)精神なんやけどね✌ それよかさすがに既婚者やねぇ♡ いくらか女性の裸に免疫があるみたいっちゃけ♡☻」

 

「ま、まあね……まあ、おれが言いたいことは、この場におらん先輩が、すっごうくやしがるかもしれん、っちゅうことなんやけどねぇ☢」

 

「…………☁」

 

 荒生田の件については、孝治は聞かない振りをした。一方で少々からかわれてこちらが赤い顔になりながら、秀正が孝治から視線をそらして、鼻の頭を右手でポリポリとかいた。その額に汗がドドッと流れている理由は、鉱泉の熱気のせいばかりではなさそうだ。

 

「でもやねぇ……☠」

 

 続いて孝治は、別の方向に顔を向けた。

 

「それにしたかて……秀正に比べてやねぇ……♐」

 

 孝治の目線の先では、裕志が噴き出る鼻血を止めようと、必死になってちり紙を詰めている真っ最中だった。

 

「いったいいつん間に、ちり紙ば用意したとや?」

 

 疑問はとりあえず、それだけにしておく。また、理由もまあ、わかる。孝治のサービスと友美のタオル巻き姿で、裕志は頭がのぼせてしまったのだろう。

 

「ほんなこつ純情なやっちゃねぇ⛑ 由香にあのカッコ悪いとこば、見せてやりたいっちゃねぇ☻」

 

「孝治、裕志くんばいじめちゃいけんばい✋」

 

「わかっとうって☻」

 

 友美からやんわりと注意をされ、それでも青年魔術師の情けない姿に、孝治も眉間にシワが寄る思いがしていた。

 

 それはそうとして、友美が今度は満足そうな深呼吸をしながら、孝治相手にささやいた。

 

「でも、ほんなこついいお湯っちゃねぇ……なんか疲れが魔術みたいに取れちゃう感じがするっちゃけぇ♪」

 

「それはおれも同感やね♫♬」

 

 ここはもう、友美と孝治のふたりでそろって、体の奥まで沁み入る鉱泉の効能を堪能するばかり。この鉱泉が、銀山で働いていた鉱夫たちの憩いの場所であったという話が、実感としてよくわかるほどに。

 

「そう言えば今も話に出たとやけど、先輩はどげんしたとやろっか?」

 

 すっかり温泉満喫気分である孝治に、ここでポツリと裕志が話しかけてきた。先ほどの秀正の話の繰り返しである。しかもちり紙を両方の鼻の穴に詰め込んだ、やや聞き取りにくい鼻声のままで。もっともこの質問は、あらかじめ予測済みであり実践済みでもある。孝治は慌てずに平然と答えてやった。

 

「先輩やったら散歩してくるっち、どっか行きよったばい☛ おれん考えじゃあ、グールの残っとうのば片付けてくるんやなかろっかねぇ☻ 先輩、あれで暴れ足りんようやったけ☕」

 

『ようもまあ、そげな嘘八百がペラペラ出るもんやねぇ☠』

 

 実はすでにこっそりと、孝治の右隣りで湯に浸かっている涼子が、呆れ気味につぶやいた。

 

幽体である涼子は温泉に入っても効能があるわけではないが、そこはやはり気分の問題なのであろう。

 

まあ孝治と友美以外には見えない幽霊の存在はとにかくとして、裕志は孝治の嘘八百を、完全に鵜呑みにしてくれたご様子。まさに本心からとしか思えないような、見るからに申し訳なさそうな顔になっていた。

 

「それってなんか、先輩に悪いっちゃねぇ……戻ってきたら、ぼくが先輩の体ば洗ってやらんといけんねぇ☂」

 

「うわっち……ま、まあ、それもええかもしれんちゃねぇ☀♋」

 

 とかなんとか言っておきながらも、男同士でようやるばい――と、孝治は荒生田と裕志の同性愛的光景を想像して、体全体に鳥肌を立てていた。


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