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『剣遊記U』

第五章 鉱泉よいとこ。

     (14)

 浴場の正面入り口で、荒生田はイラついていた。

 

その理由は、誰にもわかり過ぎ。孝治の入浴場面がないと、せっかくの混浴の醍醐味が、全然味わえないからである。

 

「先輩にこげん不愉快な思いばさせるなんち、孝治のやつ、後輩として実になっとらんばい♨」

 

 などと世にも身勝手な妄言をほざきつつ、荒生田は孝治の気変わり――または観念を待ち続けた。

 

 しかしその甲斐は、ついに報われたようだ。

 

「先輩、おれ、今から入りますけ♥」

 

 荒生田のイライラぶりを木の陰から覗いていた孝治は、この場で身を隠したまま、魅惑的(?)だと自分で思える声を出してみた。わざとらしい感じは承知のうえで。

 

 あとで思えば、自分自身の背中に氷点下の寒気が襲いかかるような振る舞いであった。しかしヤローは別だが、女性(注 この場合孝治も含む✐)の言葉であれば、一発で信じて疑わない荒生田なのだ。

 

「ぬわにぃーーっ! やっとそん気になってくれたとねぇーーっ♡☀♡」

 

 すぐさま速攻で、孝治の甘い言葉(?)に乗ってくれた。

 

「オレたちガキんころはよう、近所の川で裸になって、よう遊んだもんばいねぇ♡ やけん、今かてそんときとはなんも変わらんのやけ、遠慮せんであんころに戻って、裸の付き合いと行こうやないけぇ♡♡♡」

 

 自分勝手にさらなるの上塗り。荒生田が緑の葉っぱで覆われた木立ちの中を、右に左にとかき分けて入ってきた。

 

 早い話が、辛抱たまらん――と言ったところか。もともとからの我慢弱さもあるけど。

 

 とにかく許されるものなら(許されなくても☠)、孝治の女体化した全裸をおのれの三白眼でじっくりと、上から下まで拝みまくりたいに違いない(これは犯罪⚠)。

 

「さあ孝治っ! いっちょも恥ずかしがらんで出てこんね♡♪♡」

 

「はい……♥」

 

 先輩からのお誘い(?)にすなおな態度で従い、孝治は隠れていた木の陰から姿を現わした。

 

 きちんと軽装鎧などを着ている、ごくふつうの戦士スタイルで。

 

「なんねぇ、まだ脱いどらんのけぇ♨」

 

 少々がっかり気味のご様子である荒生田だった。だけどサングラスの奥の三白眼だけは、いつもどおりにギラリと光っていた。これは恐らく、逆におのれの手で服を脱がす楽しみができた――と考えたからであろうか。

 

(うわっち? これは使えるかも☀)

 

 変態戦士の考えることくらい、すぐにピンときた孝治であった。早速これを逆手に取って、またもわざとらしいほどの悩ましいしゃべり方で、荒生田をさらに挑発してやった。

 

火に油を大量にそそいでやるつもりで。

 

「先輩……こっちに来てぇ〜ん♪」

 

 このとき孝治は、内心で吐き気を催していた。

 

(うげぇ……なんが悲しゅうて😢、おれがこげな気色悪かこつ言わんといけんとやぁ☠)

 

 もちろん、もはや暴走状態の荒生田である。孝治の内々な心境など、わかろうはずがなかった。

 

「ゆおーーっし! すぐ行っちゃるけぇーーっ♡♥♡♥♡」

 

 荒生田が不用心にも、面従腹背である孝治に押し迫った。木立ちをバキバキとかき分けて。

 

 かくして当然の報い。孝治は両目を完ぺきに血走らせている荒生田の顔面に、二度目となる(今度は)右の拳{こぶし}を、ドガッとお見舞いしてやった。

 

「先輩、ごめん!」

 

「ずげぼっ!」

 

 つくづく学習能力の無い男である。

 

 そこへ復活の間を与えず、樹木の間に隠れていた友美が飛び出した。

 

「眠れっ!」

 

 実にストレートな呪文! この睡眠魔術の駄目押しを受け、荒生田が深い眠りの世界へと突入した。

 

「ぐがぁ〜〜Z、ごおぉ〜〜Z

 

 高い鼾{イビキ}をかいて地面に寝転がった荒生田を真上から見下ろし、友美はほっと、ひと息吐いた感じでいた。

 

「良かった☺ これで安心して、鉱泉に入れるっちゃね♡」

 

 しかし孝治は、まだまだ気を許してはいなかった。

 

「いんや、まだまだ甘かばい☠ 船んときかて、予想よりずっと早よう睡眠薬の効き目が切れたとやけ、ほんなこつ先輩の生命力は、全然半端やなかけんねぇ☢」

 

『こん人、いったいどげな人間ね?』

 

 たった今まで黙って成り行きを(おもしろそうに)眺めていた涼子が、ここで根本的な疑問をつぶやいた。しかし幽霊少女に答えるよりも先に、孝治は完全に熟睡している荒生田の体を、重たそうに「よっこらせ⛹」と、両方の脇に自分の両手を入れてかかえ上げた。

 

「うわっち! 先輩っち戦士ばやっとうくせに、どげん見たって体重オーバーやねぇ⚠ まるで誰かみたい……おっと☠」

 

 などの愚痴を口から洩らしつつ、一番近くにある大木の下まで引きずって、用意していた丈夫な縄で、グルグル巻きにしてしまう。

 

 ここで涼子が、孝治の常識を超えた厳重ぶりと、しかもそれが友美の発案であることに、先ほどよりも大きく瞳を開いて興奮していた。

 

『凄かぁ〜〜! これやったら本モンの熊かて絶対逃げられんばい☢ これは友美ちゃんが考えたことっちゃよねぇ☀』

 

「ま、まあやね……☻」

 

友美がポッと、顔を赤くした。それから孝治は言った。

 

「ほんとんこつ言うたら息の根も止めたいとこやけね✄ 生かしておくだけ、有り難いっち思うてほしかっちゃね✌」

 

 そこまで言い切って、孝治はクルリと荒生田に背を向けた。さらに友美と涼子へニコリとした笑顔を見せ、意気揚々とした気持ちで、ひと言。

 

「じゃっ、鉱泉とやらに行くっちゃね☺☻」


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