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『剣遊記U』

第五章 鉱泉よいとこ。

     (13)

「ねえ、孝治は温泉に入らんと?」

 

 友美が先ほどから盛んに入浴を勧めてくれるのだが、孝治は今もためらい続けていた。その理由は友美もわかっているはずなのだが。

 

『やっぱし、裸ば見られるんが嫌なんよねぇ

 

 涼子までが自分自身の姿格好を棚に上げて、孝治をからかってくれた。

 

 すぐに孝治は、頭を横に振って否定した。

 

「そげなんやなか!」

 

 鉱泉には秀正と裕志、さらに到津が先に入浴をしていた。しかし孝治だけは、今も軽装鎧を着たまま。頑{がん}として入ろうとはしなかった。

 

「おれかて早よう、温泉に入りたいとやけどねぇ……☠」

 

 実は孝治も、彼らとの混浴には、なんの抵抗感もなかった。むしろ女湯に入れられる無理難題と比べれば、こちらのほうが遥かに自然体(あくまでも孝治特有の感覚)なのだ。

 

 しかし最大の問題は、やはり荒生田の存在だった。この下心の塊{かたまり}のような男は幼稚園児並みの駄々をこね、孝治の入浴をひたすら待ち続けていた。

 

「孝治が入るまで、オレは百年でも千年でも三億五千年でも待つっちゃけ!」

 

 孝治にとっては、甚{はなは}だ迷惑な話であった。

 

「確かに困ったことやねぇ……☁」

 

 友美もけっこういい歳をした荒生田のわがままに、深いため息気味の模様。だが、このとき彼女の頭の中に、なにかがピンと閃{ひらめ}いたらしい。

 

「そうっちゃ! こげんしましょ☀」

 

「それったい!」

 

 孝治も聞かないうちから、友美に賛同。すぐに友美が孝治の左耳に、こそこそと耳打ちをした。

 

『なんか話が進み過ぎやなか?』

 

瞳を丸くしている涼子も悪乗りみたいに、うしろで聞き耳を立てていた。

 

「そ、そればい☀」

 

 友美の閃き💡は、孝治を改めてその気にさせた。


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