前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記U』

第五章 鉱泉よいとこ。

     (12)

「遅かったい! おめえら♨」

 

 到津の道案内で目的の鉱泉に着いてみたら、そこにはすでに荒生田がいた。それも踏ん反り返った格好で両腕を胸の上で組み、後輩たちの到着を待ち構えていたのだ。

 

(あのまんま、ほんなこつおらんごつなったほうが良かったっちゃにねぇ☠)

 

 孝治は内心にて、本気で落胆した。まあこれとは関係なしで、裕志が目を丸くして、荒生田に先着した理由を尋ねた。

 

「せ、先輩……いったいどげんして、ここがわかったとですか?」

 

 するとこのサングラス😎男は、自信満々そうな態度で、後輩たちを鼻で笑うようにして答えた。

 

「ふふん、大したことなかばい♡ 山ん中で硫黄の臭いばプンプンしとったら、そこが温泉っちゅうのが昔っから決まっとろうも☀」

 

「なるほど、さすが先輩です☆」

 

 裕志が単純に納得した。しかしこれは、一見正当な考えのように聞こえるっちゃけど、実はムチャクチャな論理の展開っちゃねぇ――と、孝治は即座に考えた。

 

(もし硫黄の臭いの源{みなもと}が火山やったら、先輩はどげんするつもりなんやろっか☢ もっとも中国山地に火山は少ないっちゃけどね✍)

 

 あまり認めたくない本心なのだが、前回の冒険で霧島山の噴火に巻き込まれて以来、孝治にとって火山は、ひとつの精神後遺症{トラウマ}となっていた。

 

 一方、孝治の自称とは関係なしで、到津は別方面からの驚き声を上げていた。

 

「あいやあ! ワタシの案内なしであなた鉱泉来たら、ワタシの立場ほんとに無いのことあるよ! ワタシこれから、なにしたらいいだわね⛐」

 

 自分の職務に、本当に忠実な男である。それなのに到津の嘆きなど、真{しん}から気にもしていない感じ。荒生田が彼の右肩を。ポンと左手で軽く叩いた。

 

「まあ、よかやん♡ こげんして全員、無事に鉱泉とやらに来られたんやけね✌」

 

「うわっち!」

 

このときサングラスの奥で光る三白眼が、いつも以上にニヤけて見えたのは、果たして孝治だけの気のせいであろうか。

 

 とにかく荒生田が、ぬけぬけと言った。

 

「そげな小さかこつ、さっさと水に流しや☻ それよかほんなこつ、ここは男女混浴なんやろうねぇ♀♂」

 

「あっ……やっぱしね⛔」

 

 孝治は小さく、ため息を吐いた。けっきょく荒生田が追い求めるモノは、あくまでも『男女混浴』の四文字だけのようだ。もちろんサングラス野郎の真意など、到津は気づいてもいないだろう。いつものとおり、正直な態度で荒生田に答えるだけでいた。

 

「ワタシさっきも発言しただわ✍ 鉱泉言うても湯船ひとつだけあるから、男も女もみんないっしょに入ってたあるよ♡ かく言うワタシも、今でもよく入るある♨ 銀山はなくなたあるけど★」

 

「そうけそうけ♡ ようわかった♡」

 

 これにて荒生田が満足そうに何度もうなずき、目線をクルリと、孝治のほうに変えた。

 

(やっぱ、そげな風な話の展開なんやろうねぇ……☠)

 

 サングラス先輩の頭の中身など、こちらも幼少のころからの付き合いである孝治には、とっくに丸わかりとなっていた。そこへ荒生田が孝治の右手を自分の両手でガッチリとつかみ、サングラスの奥の三白眼を、これ以上がないほどの垂れ目に変形させて言った。これまたぬけぬけと。

 

「そげんことやけ、たまには先輩と後輩の垣根ば越えて、ゆっくりと裸で語り合うやないけ♡ なんならオレが、おまえの背中ば流しても良かっちゃけね♡」

 

「うわっち! けっこうです♨」

 

 孝治は左の拳{こぶし}を、荒生田の顔面ド真ん中に炸裂させた。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system