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『剣遊記U』

第五章 鉱泉よいとこ。

     (11)

 精も根も尽き果てた。そんな状況の元だった。最後(だろう……たぶん)のグールを打ち倒してからひとときが過ぎ、ようやくよろよろと歩けるぐらいまでに、孝治は体力が回復した。

 

 だからと言って、今すぐの出発は、とても無理な話。せめて安全と思われる寝ぐらを探してそこで火を起こし、もっと本格的に休息を取ったほうがよかっちゃろうねぇ――と、孝治は考えた。

 

 この一方で、地面に大の字で寝転がっている荒生田が、恐らく残り少ないであろう体力を振り絞って、大きな声でわめき続けていた。こいつもいっちょ前に、底力は無尽蔵ではなかったわけだ。

 

「裕志ぃ! おまえの疲労回復魔術でなんとかせえ!」

 

 この余力を、もっと有効に活用せえ――と、孝治は内心でイチャモンをつけてやった。ついでに荒生田から文句の矛先を向けられた裕志は、現在大木に背中でもたれかかり、荒い深呼吸を繰り返し中となっていた。

 

「……だ、駄目ですぅ……じょ、浄化の魔術ば連続してたくさん使ったんで……ぼく自身の体力が……戻るまで、無理ですぅ……☠」

 

「ちっ……馬っ鹿野郎ぉ……まるで役に立たんやっちゃのぉ……♨」

 

 世にも身勝手極まる、荒生田の言い分と舌打ち。このとき孝治は、裕志と同じ大木に、やはり背中をもたれかけさせていた。また、裕志と同じで疲労回復魔術を連続使用した友美は、現在孝治のひざ枕で、すやすやと小さな寝息を立てていた。

 

『すっごい無理しちゃったんやねぇ、友美ちゃんは☁』

 

 すぐそばにいる涼子が心配そうに、友美の寝顔😴を見つめていた。

 

「そうっちゃねぇ……☁」

 

 涼子にため息混じりで返しつつ、孝治は思った。もしかして涼子んやつ、こげなときになんの力にもなれん幽霊っちゅう自分を、すっごう腹立たしゅう感じとるんやろっか――と。

 

 そんな涼子にかける言葉も思いつかず、孝治は友美の体力が回復するのを、ただジッと待つしかなかった。

 

 この間到津は、森の様子を見てくるだわさとか言って、しばらく姿を見せなかった。

 

「到津さん(もちろん『福ちゃん』なんて言えない⚠)、こげなときに、どこまで行ったとやろっかねぇ?」

 

 ところが孝治のつぶやきと、ほとんど同時であった。当の到津が駆け足で、孝治たちの元へと帰ってきた。

 

「皆さぁーーん! これ朗報あるねぇーーっ!」

 

 グールどもとの戦いで体力を消耗しているのは、到津も同じはずである。それなのに、なんだか信じられないほどの力の回復ぶりとは言えないだろうか。

 

 のちに到津は言い訳として、自分の職業が野伏で、日頃から山歩きで鍛えているからあるよ――と釈明した。だが、孝治としてはどうしても不自然感が拭{ぬぐ}い切れない思いが、その後も継続することとなった。

 

(ほんなこつ、何モンなんやろっか? この人……✑✒)

 

 それはそうとして、到津が駆け足で帰ってきた理由は、次のような内容だった。

 

「皆さん、この森抜けた先に、疲れ取る鉱泉あるのこと☀ ちょこっと我慢して歩けば、ゆっくりお湯に浸かることできるあるよ☀」

 

 ここで、やはり疲れている体に鞭{むち}を打ち、焚き火を起こすための小枝拾いをしていた秀正がその手を止め、到津に顔を向けて尋ねた。

 

「『こうせん』……って、いったいなんね?」

 

 秀正の顔は、やや不審を抱いているような感じだった。ところがこれに到津は、見事に喜色満面な笑顔で答えた。

 

 これはよほどの自信でもあるのだろうか。

 

「これはこれは、ワタシとしたことが説明不足だたあるね✍ 鉱泉とは、疲労回復効果ある、天然の泉あるよ☀ 皆さんには温泉言うたほうが、わかりやすいわや☛ 昔、銀山の鉱夫たち、疲れ取るのに鉱泉使ったの、ワタシとてもよく知てただわ☺ ワタシそこ案内するから、皆さんすぐ行くあるよ✈」

 

「温泉けぇ……よかっちゃねぇ……☺」

 

 到津の話を聞き、疲れた頭と体に温泉の図を思い浮かべ、孝治は気分がウキウキとなってきた。

 

 たとえこれが、到津の口車やろっか――と言う気がしても。

 

 ただし、あくまでも到津を警戒して慎重に――と行きたいところなのだが、どっこいそうはいかなかった。

 

「その鉱泉、男女混浴あるね♡ みんなでいっしょに楽しむのこと♡」

 

 到津がある意味、不用意でよけいな発言をしでかした。

 

「ぬわぁにぃーーっ!」

 

 たったそれだけのことで、一瞬にして元気百倍。荒生田が地面に仰向けの体勢からピョコンと一瞬で立ち上がり、猪突猛進の猛ダッシュで駆け出した。本物のイノシシ🐗でも勝てないであろうほどの猛スピードでもって。

 

 おまけにいったい、どこを目指す気つもりなのやら。鉱泉の場所も聞いていない。

 

「あっ! 先ぱぁーーい!」

 

「あいやあ! 気が早くてはいごんな(島根弁で『大騒ぎな』)人あるね♐ ワタシ大変困るのこと☹」

 

 今ごろ裕志と到津が慌てたところで、もはや後の祭り。行ってしまった馬鹿は戻らない。

 

とにかくあのサングラス男は、いったいなにを考えているのか。まっ、だいたいわかるっちゃけどね――と、孝治は苦笑気分で見送るだけ。荒生田の姿は、あっと言う間に見えなくなっていた。

 

「しょんなかやねぇ☠ おれたちだけで先に行くばい⛴」

 

「そうっちゃね♠」

 

 秀正がため息混じりで鉱泉行きの足を踏み出し、孝治もそのあとを追った。

 

 これにて荒生田を除く一行は、到津の案内で疲れた体を奮い立たせ、待望の鉱泉へ向かうことにした。

 

 なお孝治は、まだ眠ったままでいる友美を、背中でおんぶしてやった。涼子から『孝治って優しかねぇ〜〜♡』と、冷やかされながらで。

 

(でも、ちょっと重いちゃねぇ☻)

 

 この思いだけは絶対に、口から出してはいけない。


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