『剣遊記Y』 第六章 黒崎店長、帰店す。 (7) 「浩子ぉーー! 今どの辺り飛んでんのぉーーっ!」
「はぁーーいっ♡ たっだ今瀬戸内海のぉ、淡路島上空でございまぁっぺぇーーっ♡」
遥か高空で現在位置を尋ねる沙織に、浩子が茶目っ気たっぷり。添乗員風案内嬢の真似で答えてくれた。
沙織は今、北九州市を訪れたときと同じ『空飛ぶ絨毯』に乗って、空中の旅の真っ最中。さらにこれまた、訪問時と同じ。シルフの泰子が風となり、沙織と絨毯を浮かべて、雲の上を飛行していた。
まっすぐ東の方向へと、進路を取り。
「あ〜あ、七十点かぁ〜〜☹」
黒崎家御庭番である大里から授かった点数は、沙織にも当然通知されていた。ただ、期待よりもかなり低かった評価の数字に、沙織はどうしても落胆の色が隠せなかった。
「一応自信はあったんだけどなぁ〜〜☁ わたしには経営者は、まだまだってことかしら☹」
「そんなことないっしょ! そりゃ未来亭に勤めてる人たちが、みんな特別過ぎただけでんいえー☻」
絨毯の左横を飛翔しながら、浩子がやんわりと弁護をしてくれた。実は彼女自身も正直、未来亭の面々は個性が強過ぎだと感じ入っているのだ。
その言葉を聞き流すようにして、沙織はふとつぶやいた。
「剣豪板堰先生の加入に成功したのは大金星だって、わたしなりに思ってたんだけどなぁ……それはあんまり評価してくれなかったみたい♋ もしかして、やり方が健二兄さんのお気に召さなかったのかなぁ……✄」
このときふらァ〜〜っと、絨毯が左右に軽く揺れた。これは恐らく、風に姿を変えている泰子も、この場でなにかを言いたいのだろう。すぐにその意を察した沙織は、とにかく吹いている風に向かって話しかけた。
「わかってるわよ✐ 巌流島の決闘のときは、よけいなお世話をしなくても良かったって言うんでしょ✒ なんと言っても荒生田さんがあんな強運の持ち主だなんて、思ってもいなかったことなんだから♐」
絨毯が今度は、前後に軽く揺れた。それがシルフの、『そのとおり☆』の意思表示らしい。
今だから言える裏話。沙織と泰子は決闘の最中、板堰の周辺にだけ風(泰子の変身)を吹かせて、闘いを荒生田有利に導こうと企んでいた。
そうでもしないと、荒生田の勝ちなど絶対に有り得ない――と踏んでの作戦だった。
この荒生田エコ贔屓とも言える行動の理由は、板堰が負ければ彼に集中していた予想賭け金が大穴となり、すべて未来亭の金庫に収まるという算段にあった。
しかも、剣豪板堰の専属契約成功のおまけまで付いて。
もちろん展開は、まさにそのとおりとなった。だが、やはりと言うべきか。このあからさまにあくどい裏工作は、御庭番からの酷評の要因となったようだ。
ただし、大里本人からは、点数以外の論評は、一切告げられていなかった。
だけどこれくらいの推察であれば、沙織には簡単にわかる話である。
「やっぱり経営者の前に、人間が大事ってことかなぁ〜〜☺」
つい哲学的な気分となり、沙織は小声でふっとつぶやいた。ところが空の上だと地獄耳になる浩子が、今のつぶやきを聞き逃すはずもなし。
「えっ? 今あに言うたっぺぇ?」
このハーピー娘だけは沙織と泰子から、今も作戦決行について、なにも聞かされていなかったりする。
「東京に帰ったら、今言った意味教えてあげるぅーー♡ でも、そのときにわたしたちのこと嫌いにならないでねぇーー♡」
「ああーーっ! また沙織と泰子で、あたしに秘密やってんでんいぇーー! こらぁ! あたしにもわんだらんこと教えるっぺぇーーっ!」
浩子が翼を翻し、急旋回での方向転換。沙織の肩にひょいと飛び乗り、両足で思いっきりくすぐってやった。しかもこの戯れは、遥か高空、雲の上での出来事。一応安全のため、鋭い足の爪は立てないようにして――である。
「きゃん♡ 浩子ったらぁ、やめてよお願い♡ 絨毯から落っこっちゃうでしょーーっ♡」
日本上空、成層圏間近における、女の子たちのおふざけ合い。
「きゃははっ♡ そ、それはそうとぉ……泰子ぉ! 給仕係のウンディーネ……由香さんとはちゃんと仲直りしたのぉ?」
さすがにこのくすぐりはたまらないと、すぐに沙織が話題をすり替え。泰子に尋ねた。すると絨毯が再び、前後に軽く揺れた。
「そう! 仲直りしたのねぇ☺ 良かったぁ♡」
沙織が満面に笑みを浮かべ直したとき、絨毯はまもなく、大阪市の上空に差しかかろうとしていた。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |