『剣遊記Y』 第六章 黒崎店長、帰店す。 (4) 翌日、大門邸では各界の名士や貴族などが招待をされ、華やかな祝勝パーティーが開かれようとしていた。
しかし、当主である大門は、なぜだが浮かぬ顔付きだった。
(……このわしともあろう者が、あんな下賤な男のために、祝い事を催してやるとはのぉ……☁)
本来ならば、全国的知名度が抜群に高い剣豪板堰守を主賓として大々的に持ち上げ、おのれ自身も博多、山口両県の上流社会で、華々しいデビューを飾るつもりでいた。
それがなんの皮肉か因果か。大門にとって実に忌々しい存在である荒生田が、今日の催しの主役となってしまったのだ。
だが、祝勝会の招待状は、すでにあらゆる有名人知人に送付済みとなっていた。これでは勝利者が気に入らないからと言って、今さら取り止めるわけにもいかないだろう。
中止などと言い出せば、それこそ大門家の名折れ。北九州市衛兵隊長として、恥の上塗りとなってしまう。
だからここでは、はらわたが煮えくり返る思いに耐え、ニコやかな作り笑顔で、招待客たちに振る舞うしかないのである。
「……それにしても荒生田のやつめ、遅いではないか♨」
右手に赤ワインのグラスを持ったまま、大門は会場となっている邸内の中庭で、周囲を見回した。
二十台以上用意しているテーブルの上には、豪華な花など飾りや豪勢な料理の数々。招待客はだいたいそろったようであるが、肝心の荒生田が、いまだに現われなかった。
実際、自己顕示欲の塊のような男である。今回の席には大喜びで顔を出すもの――とばかりに思っていた大門であったが。
そこへ未来亭まで荒生田を迎えに行かせていた衛兵隊の砂津と井堀が、駆け足で大門の元に戻ってきた。
「隊長ぉーーっ!」
「遅いぞ! 馬鹿者っ!」
大門がふたりの部下を怒鳴りつけた。しかし、おのれの私用に部下をコキ使ったわけである。これはある意味、職権の乱用――あるいは公私混同行為とは言えないだろうか。
それはとにかく、戻ってきた者はこのふたりだけ。やはり肝心の主役である荒生田の姿は、カケラも存在していなかった。
「いったい荒生田和志はどうした! そいつがおらんと祝勝パーティーが開けんではないか!」
さらにこれ以上は口から出さないが、パーティーを行なわなければ、大門家の面目丸潰れ――である。そのような裏事情を承知している砂津が、恐る恐るの及び腰的仕草で軽装鎧の懐に入れていた封筒をそっと、右手で大門隊長に手渡した。
「実は……未来亭でこげなモンば預かりましたとですが……♋」
「なんだ、これは?」
隊長からギロリとにらまれ、さすがに砂津は、心臓の鼓動が高まる思い。
「は、はい! これば未来亭の給仕係から預かってきました! なんでも荒生田の置き手紙やそうであります!」
「ぬぁんだとぉ?」
慌てた感じで大門が封筒を左手で受け取り――というよりバシッと奪い取り、すぐさま開封。中に書かれてある内容を、噛みつかんばかりの勢いで斜め読みにする。
その様子がおもしろくて、井堀は必死に笑いを堪えていた。それを先輩である砂津が、左手の肘で井堀の右わき腹を小突いて止めさせた。
それから笑いを堪えたついで。後輩の井堀が砂津の左耳に、そっと小声でささやいた。
「……先輩……こりゃちょっと、まずかことになりませんかねぇ……☻」
「……言うな✄ おれかてそう思うとんのやけ☢」
この次に起こるであろう最悪の展開を予測して、砂津と井堀の表情が、今度は自然と強張ったモノに変わっていった。
もはや含み笑いを我慢するどころではなかった。その理由として、封筒に入っていた文書の内容が、次のようなものであったからだ。
『新しいお宝の情報が入ったけ、オレはそっちに行くっちゃね♡ じゃ〜〜ねぇ〜〜♡ 日本一カッコいい戦士兼いい男♡ 荒生田和志より♡』
この瞬間、大門のこめかみにある血管が、音を発してブチ切れた。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |