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『剣遊記Y』

第六章 黒崎店長、帰店す。

     (3)

「まっ、とにかくそれじゃ、おやすみ♯」

 

 すべてが落ち着き、孝治もさあ眠るっちゃね――という段になって、よりにもよって、肝心なときにはいなかった涼子が帰ってきた。

 

『たっだいまぁ! あれぇ? みんななして寝とうとぉ?』

 

「なんねぇ……今ごろのこのこ帰ってからにぃ☠」

 

 大事な場面では、いつも不在を決め込む涼子に、孝治は少々立腹気味でいた。

 

もちろん気ままな幽霊が孝治の腹立ちなど、関知してくれるはずもないだろう。涼子は現在孝治にしか自分の声が聞こえない現状(友美はとっくに就寝済み)を良いことに、キャンキャンと甲高い声でしゃべりまくってくれた。

 

『だって、いつまで待っとっても決闘が始まらんけ、あたし、瀬戸内海ばずっと東に、大阪まで行ってきたとやけぇ! そんついでに名古屋まで足ば伸ばそうっち思うたっちゃけど、さすがに遅くなりそうやけ、やめにしたと✄ それで、こげんしてみんなおるっちことは、決闘はまだなんでしょ♡』

 

 孝治はきっぱりと言ってやった。

 

「とっくに終わったばい✄」

 

『ええーーっ!』

 

 涼子が驚きの表現どおり、遥か高空まで舞い上がった。

 

『そんなぁ! あたし、それば見るの楽しみにしとったとにぃ!』

 

「今さら言うたかて遅かっちゃよ! じゃ、おやすみ!」

 

 なんだか面倒臭くなって、孝治は毛布代わりであるテントに、頭から潜り込んだ。それでもなお、涼子がしつこくすがりついてきた。

 

『そげな意地悪ばせんで、あたしが帰ってくるまで待っとってくれたって良かったっちゃろうも! あたしかてこげなこと、死んでから初めて見るっちゃけぇ!』

 

「文句あるとやったら、おれやのうて、遅刻しまくった荒生田先輩に言うたらよかろうも!」

 

『あたしん声が孝治と友美ちゃんしか聞こえんっちゅうの、知っちょうくせにぃ! で、どっちが勝ったと? 荒生田先輩のわけなかっちゃよねぇ……やっぱ剣豪板堰先生やろ! ねえ、ほんなこつ意地悪せんで、ちゃーと教えてよぉ!』

 

 こんな調子で涼子はとうとう、孝治をひと晩中寝かせてくれなかった。

 

 お気の毒。


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