『剣遊記Y』 第六章 黒崎店長、帰店す。 (2) 闘い終わって陽{ひ}が暮れて。巌流島からは対岸の下関市と北九州市門司地区の夜景が眺められ、それらがまるで不知火のよう。どことなく幻想的に光り輝いていた。
でもって現在、巌流島に残っている者たちは、孝治と友美を始め、秀正、正男、大介。それにいまだ意識が戻っていない板堰と、ずっとそばに寄り添っている千恵利の、七人のみとなっていた。
沙織は泰子と共に未来亭へ戻り、大門たち市の重鎮は試合が終了するなり、さっさと島から離れていた。
いつの時代でも、エラい人は薄情なものだ。
「さて、おれたちも寝るかね♠」
あした撤収される予定になっている、畳まれたテントを毛布代わりにして、秀正と正男が早速寝床についていた。
孝治は板堰に付きっきりをしている千恵利と大介の元にそっと寄って、優しいつもりで声をかけてみた。
「あんたらも早よ寝たほうがええばい♤ 焚き火はこんまんま燃やしとくっちゃけど、テントばしっかりかぶらんと、夜風は体に悪いっちゃけね♐」
「ああ、すまんねぇ☹」
孝治の言ってやったとおり、大介はすなおにテントを、自分の肩にかけた。やはり一般の人間とは異なって、リザードマンは低音に弱いのだろう。だけど千恵利は、孝治から渡されたテントを、眠ったままでいる板堰にかけ直していた。
「あたしなら大丈夫や☺ 魔神はどんな病気にも絶対かからんよう創られとんのやき✍」
「千恵利さんはほんなこつ、先生んことが好きなんやねぇ✌」
「えっ……やめてぇなぁ☻ ごっつう恥ずかしいわぁ〜〜♋」
孝治の冷やかしで、千恵利がポッと顔を赤くした。それは焚き火の照り返しの中でも、はっきりとわかるほどの恥じらいぶりだった。
初めて千恵利と風呂場で会ったとき、荒生田を完敗させた勇姿を見て、孝治はとても元気溌剌な女豪傑だと思っていた。それが今では、まったく別人のようにお淑やかなのだ。
剣豪――いや、恋人が負けたショック。その理由で今は、殊勝になっているのかもしれない。だけれどこれはこれで、孝治は千恵利の本性が魔神とは、改めて思えない気になってきた。
(これじゃ、どっからどげん風に見たかて、魔神やのうて、ただの可憐な乙女やけねぇ〜〜☻) (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |