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『剣遊記Y』

第六章 黒崎店長、帰店す。

     (11)

「うわっち! あれ? 砂津さんに弘路じゃん☞ ふたりとも、なんしよんね?」

 

 そのあせりまくりぶりを変に思った孝治は、ふたりに尋ねてみた。すると砂津が大慌てで、身振り手振りを交えつつ答えてくれた。

 

「どげんもこげんもなかよ! おまえんとこの荒生田がおらんようになったせいで隊長が怒り狂って、街のあちこちば捜し回っとるんばい!」

 

「うわっち!」

 

 孝治は一瞬にして、顔面蒼白の思いとなった。その隙を突いて、井堀が右手で孝治のお尻に接触。だが今は、それに怒るどころではなくなっていた。

 

 その代わりに顔面蒼白のまま、ハリセンで脳天をぶっ叩いてやったけど。

 

 おまけで孝治は、大門が怒り狂ったという理由を、すぐに察知もしたのだ。

 

(……きっと先輩が大門隊長主催の祝勝会ばすっぽかしたもんやけ、隊長さんえろう怒ってしもうたっちゃねぇ……やけんちゃんと隊長ん家{ち}ば行って、『きょうは欠席します⛔⛹』っち言えば良かったとにぃ……♋☂)

 

 悔やんだところで、今さら遅かった。

 

「な、なんとかして、おまえらで隊長ば止めてくれんね! こげんなったのも荒生田の責任なんやけ!」

 

「……そ、そげん言われたかてぇ……☁」

 

 砂津からさらに詰め寄られ、孝治もすっかり困惑の思い。なにしろ荒生田本人は、とっくに海外逃亡を果たしている。だから後始末はいつも、孝治ら後輩連の仕事となるのだ。

 

 そんなおろおろ状態でいる孝治の耳に、店の外から大きな金属製の靴音が、ガチャガチャガチャガチャと響いてきた。これは重たい甲冑を着込んだ何者か(明らかに騎士)が、無理をして街中を全力疾走している騒音に違いない。それからすぐに、耳慣れた怒声までもが轟き始めた。

 

「荒生田の大馬鹿者はどこにおるぅーーっ! とっとと出て来んかぁーーっ!」

 

 誰が聞いても発声元のわかる絶叫で、井堀が悲鳴を上げた。

 

「出たぁーーっ! 大門隊長ばぁーーい!」

 

「荒生田ぁーーっ! 出て来ぉーーい!」

 

 ついに未来亭の入り口を突破して、大門が店内にドカンと乱入。給仕係たちが一斉に、パニックの甲高い叫びを上げた。

 

「きゃあーーっ!」

 

「鎧の化け物ぉーーっ!」

 

「刀なんか持って、銃刀法違反っちゃあーーっ!」

 

 乱入した大門は、まさに完全武装で日本刀を構えた、全身鋼鉄の甲冑姿。おまけに金属製鎧の表面にまで、怒りの血管マークが浮き上がっている有様。

 

 これほどの重武装で街中を駆け巡るとは。大門恐るべし!

 

「うわっちぃーーっ! なんてこったぁーーい!」

 

 孝治も周りのパニックに合わせて悲鳴を上げた。これにて歓迎会はムチャクチャ。店内が大騒ぎの修羅場と化した。そんな中で愛刀『虎徹』を振り回し、なおも荒生田の姿を追い求める大門。本人はとっくの昔、もはや日本にはいないというのに。

 

「うおのれ荒生田ぁーーっ! 家宝である虎徹の錆びとなれぇーーっ!」

 

「あ〜〜れぇ〜〜っ!」

 

「助けてぇ〜〜っ!」

 

「これもみんな荒生田のせいばいねぇ〜〜っ!」

 

 とにかく高飛びした荒生田への悪口と悲鳴を上げながら、給仕係たちが逃げまどう。こんな有様を、板堰はむしろ、おもしろい余興を見るような目で眺めていた。

 

「こりゃー仕方ないのぉ、わしらしか止めらるーもんはおらんやろーて☻」

 

 それからすぐに、そばで控える大介千恵利に告げた。

 

「これがわしらが未来亭に入って、初の仕事じゃあ! ぼっけー抜かるんじゃねーぞ!」

 

「はいっ! 先生っ!」

 

「いえーーいっ♡ 守はぁーーん♡ 最高やでぇーーっ♡」

 

 すでに大張り切りである三人。ここで最後に、板堰が孝治たちに向けてのひと言。

 

「ここはにぎやかな街じゃのう! もんげー気に入ったぞぉ!」

 

 孝治はこれに、引きつった苦笑いで応じてやった。

 

「……全部が全部、こげな風に思われたかて……いっちゃん困るとですけどねぇ☻☹☻」

 

                                      剣遊記Y 了


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