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『剣遊記Z』

第一章  珍客万来。

     (1)

「ど、どげんして……あ、あんた……やなか、君がここにおると?」

 

 大阪市からのキャラバン隊護衛往復仕事を終え、一週間ぶりに本拠地である北九州市の酒場兼宿屋――未来亭に帰ってきた戦士――鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}。なんと店内に入るなり、珍しい客の存在に、思わずおのれの瞳を疑った。

 

 その思いは、孝治の冒険のパートナーである浅生友美{あそう ともみ}も同様だった。

 

「あ……あなた、可奈さんですよねぇ……

 

 友美は全身をプルプルと小刻みに震わせながら、珍しい客――黒衣の女性に、恐る恐る問いかけた。

 

 このような孝治、友美とは対照的。押しかけ幽霊こと曽根涼子{そね りょうこ}は、自分ひとりだけ問題の女性には姿が見えない状態(そう、涼子は孝治と友美だけにしか自分の姿を見せないのだ✌)を好都合にして、今にも勃発しそうな騒動の予兆に、不謹慎極まる期待を胸に抱いている様子でいた。

 

『うふっ♡ なんかおもしろいことになりそうっちゃねぇ♡』

 

 真に余談ながら、涼子は幽霊であるからして、なんのお咎めもなしにいつも真っ裸の格好で、世の中を徘徊しているのだ。

 

 そんな三人(?)からの注目を集めていても、黒衣の女性――椎ノ木可奈{しいのき かな}は、テーブルでスパゲッティを食べる手を休めようともしなかった。逆に開き直って、切れ長気味の瞳で、孝治と友美をジロッとにらみ返してくれた。

 

「なんずら? うざうざして、あたしがいて悪いっつら?」

 

「い、いや、その……別に悪いっちゅうわけやなかっちゃけどぉ……☁」

 

 悪くはなかっちゃけど、訊きたいことが山ほどあるっちゃね――孝治はそのように言いたかった。

 

 しかし、現実は無理であろう。あまり大っぴらに公表はできないが、可奈はその黒衣どおりに魔術師である――のだが、同時にかっては、北関東に君臨していた、山賊団の黒幕でもあったからだ。

 

 それがなんの因縁あってか、孝治と仲間の魔術師――天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}たちと対決。完全なる敗北のあとに成敗までをされ、可奈は魔術で動物に変えられていた。

 

 一応、術をかけた美奈子の情け(?)もあって、可奈は可愛いリスとなり、さらに隠し持っていたお宝を美奈子に譲るため(実態は強奪)、共に北の青森県まで旅立って行った――のであった。

 

「で、そん旅ば終わったもんやけ、美奈子さんも帰ってきたっちゅうわけっちゃね♐ こん北九州に……♠」

 

「そんなこんずら☠ せっかくあたしが集めたお宝さ、美奈子がびしょったい(長野弁で『汚い』)手で全部没収してくれたずら☢ おかげであたしはリスから人間さに戻してくれたずらけど、金銭面ではまぁず容赦がねえずらねぇ……美奈子って女は☠」

 

 食後のウーロン茶をひと息で飲み干したあとも、可奈の恨み言は延々と続いた。見かけは平静を装ってはいるけれど、その実腹の中は、憤懣で煮え繰り返っているのだろう。


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