『剣遊記13』 第二章 記憶の底の訪問者。 (9) 「そうですっちゃ☆ あのころ僕は、まだあどけない少年やったですけどね♠♣」
ややとまどい気味となっている感じの美奈子に、若戸家の当主が口の右端に笑みを見せながらで応えてくれた。
「あのときの恩は、今でも僕の脳裏に焼き付いちょります☀ あなたは僕の生涯の恩人ですから♥ あの日、若戸家のしきたりで、僕は日本全国を武者修行していたとですが、ついに京都でノドの渇きに悩まされ、行き倒れ同然になっとった僕に、魔術で水ば恵んでくれた恩人なんですよ、あなたは♕ あれから何年もの年月が経ちましたが、この間僕なりに調べて美奈子さん、あなたがここ北九州に移り住んだのを知って、僕は長年夢に描いていたことを、ついに実行する決心ば固めたとです♐」
「は、はい……あんときのことはよう覚えてあらしまへんのやけどぉ……それではあなたは、まさしく記憶の底からの……その、訪問者と言う感じでおますんやなぁ……♋」
美奈子は自分の言葉どおり、まさに記憶の底を探っているような顔付きになっていた。孝治と友美はもちろん知らない彼女の過去であるが、遥か昔の思いでの人物が急に現われたとなっては、当の本人に動揺が走っても当然であろう。
ここで周囲(特に孝治)には歯が浮くような展開であるが、若戸の自己陶酔とも言うべきセリフが続行された。
「記憶の底からの訪問者……ふふっ、いい言葉ですねぇ♥ そうです☆ やけんこそ僕は、あなたにそのときの恩ば返さないといけんとですよ☀」
美奈子のとまどいは続いていたが、若戸はまさに、その辺は我関せず。本当に真剣の極みと言った感じであった。ところで千秋がこのとき、師匠である美奈子の黒衣の右袖を、自分の右手でうしろからチョンチョンと引っ張っていた。
「へぇ、師匠には千秋もよう知らん、そないな立派な過去があったんやなぁ♡」
ついでに千夏もはしゃいでいた。もちろん彼女は、三つ首ダックスフントであるヨーゼフととっくに仲良くなっており、ペタペタと両手で撫で回しているのだが。
「美奈子ちゃん、とてもエラいさんですうぅぅぅ☀ 千夏ちゃん、これからもっとぉもっとぉ美奈子ちゃんを尊敬しますですうぅぅぅ☀☀」
そのまたうしろであった。
「う〜ん、おれの本心ば言うたら、実は話がいっちょも見えんとやけど、それば棚に上げたとしても店長以来、初めての僕キャラの登場やねぇ☻」
美奈子のずっと背後で孝治は、友美と涼子相手に、そっとささやいた。
「あの若戸俊二郎って人が、美奈子さんの昔知っちょった人っちゅうのはビックリなんやけど、それよかなんか、店長と骨格的によう似ちょう、典型的なお上品紳士キャラやねぇ☆ おれとしちゃあ、この時点で話のオチが見えるような気がするっちゃけど⛍」
友美がこれに、そっと口の前で右手人差し指を立ててくれた。
「し、失礼っちゃよ☹ まあ、わたしかて実は、店長とおんなじ雰囲気ば感じちょうのは事実なんやけどね☻」
『まさに類は友ば呼ぶっちゅうことやね☞』
涼子も同様な感じで突っ込んでくれるが,孝治たち三人とは真逆で、秋恵だけはなんだか、自分が蚊帳の外にいるような顔付きをしていた。
「なんやようわからんとばってん、あの昔魔術師さんの、昔の幼なじみなんやねぇ☁」
この四人(孝治、友美、涼子、秋恵)とは別に、さらに調子に乗ったようである。千秋が若戸の顔を、下からジロジロと吟味していた。これは若戸の身長がけっこう高いので、どうしても下から見上げる格好となるのだ。
「へえ、ニーちゃん、なかなかのイケメンやないか☻」
「これ、千秋⚠ そないな無礼はあきまへんのやで☢」
見かねた美奈子が注意をするが、これに若戸はむしろ、優しそうな笑みで千秋を上から見つめ返していた。
「はははっ♡ まあ、よかですよ♪ なかなか無邪気で可愛らしいお弟子さんやなかですか♫♬」
「は、はあ……☁」
美奈子は逆に、恥ずかしそうな顔になって下にうつむいた。それからさらに、姉に輪をかけた存在が、当然ながら妹の千夏であった。
「うわぁーーい☀ このおじちゃん、とってもぉとってもぉ、カッコいいちゃんですうぅぅぅ☀☀☀ 千夏ちゃん早くもぉ大ファンになりましたですうぅぅぅ☀♡☆」
「はははっ……おじちゃん……ですかぁ⛑☁」
このとき初めてだった。パーフェクトかと思われていた若戸の笑顔に、若干だが引きつりのような変化を感じた――と孝治は思った。
「やっぱ、男の永遠のウィークポイントっちゃねぇ☠ 人生初めてかもしれん『おじちゃん』呼ばわりっちゅうのは☠」 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |