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『剣遊記13』

第二章 記憶の底の訪問者。

     (10)

「あ、おほん☁」

 

 実にわざとらしい咳払いだった。それも、妙になりつつある場の空気を変える目的が見え見え。美奈子が話を本題に戻した。

 

「そ、それで……今回うちらが呼ばれもうした除霊と言うのは、いったいどない風な用件なんでおますんかいな? 毎晩ポルターガイストに苦しめられて難儀しとるゆうのは、もう執事はんから簡単に聞いておますんやけどなぁ☯」

 

「あっ、そうでした

 

 肝心の若戸も、忘れていた話を急に思い出したような顔になった。

 

「そ、それはぁ……ポルターガイストの原因は……この部屋に飾ってます、あの絵やと思うとです☝」

 

 そう言って、若戸が右手の人差し指で差した先には、一枚の肖像画があった。モデルが誰かなどわかるはずもないが、やはり高貴そうな貴族の令嬢が描かれていた。

 

 モデルが高貴そうに見える理由は、彼女が真正面から椅子に、じつにお淑やかそうな正座をしている格好で、これまた高価そうな七色のドレスを身にまとっているからだ。また、前でそろえている両手の指にも、ダイヤかサファイアか、見事な宝石が輝いているようだった。

 

『あれ……あたしみたい♋』

 

 今回はさすがに、友美とも涼子とも、完全に別人の絵である。それでもなにかしらの因縁を感じたようだ。やはり絵に取り憑く先輩(?)とも言える涼子も、興味しんしんな顔になって、令嬢の肖像画に近づいていた。

 

「涼子……そげん寄って大丈夫ね?」

 

 友美が心配顔になって、小声でこっそりと呼び掛けた。だけれど今のところ、異常事態の起きる気配はなかった。

 

 この時点で、誰にも存在の知られていない涼子は、絵を見上げたまま。孝治と友美向けだけに、そっとささやいてくれた。

 

『あたしが言うんもなんやけどぉ……この絵にそげん悪意はなかみたいばい☃ むしろ、なんか丁寧に供養ばしてあげたほうがええみたいとちゃう?』

 

「供養ねぇ……☁」

 

 涼子の言葉を耳に入れてから、孝治は除霊の準備に取り掛かっている美奈子に顔を向けた。準備と言っても、小さな声で呪文を唱えるのがほとんどなのだが、本職の魔術師はすでに、やる気充分の感じでいた。

 

「霊に悪意がないんやったら涼子ん言うとおり、優しく供養してやったほうがよかっちゃねぇ

 

 涼子はいたずら好きの幽霊ではあるが、今まで嘘などを吐いた前科はなかった。付き合いも長く、今では立派に信頼できるパートナーなのだ。

 

 孝治はそっと美奈子にうしろから近づき、彼女の右耳に、小声でささやいてやった。

 

「美奈子さん……おれが急に言うたかて信じられんかもしれんちゃけど、今回の除霊は、なるべく穏便な方法がええっち思うっちゃよ いや、ほんなこつ、どげんして根拠ば説明したらええのか、自分でもわからんとやけど☹

 

 これに美奈子は、意外な返事を戻してくれた。

 

「ええ、それはわかっておりますさかいに★」

 

「うわっち?」


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