『剣遊記13』 第二章 記憶の底の訪問者。 (4) と言うわけで、いつものパターンながら、時間を昼間に遡る。ここは店長執務室。
「うわっち! 美奈子さんがお見合いぃーーっ!?」
あまりにも予想外過ぎた話の展開だった。孝治は正直、この部屋に天井がなければ、さらに飛び上がりの自己最高記録を更新するような思いとなった。
もっとも女性として重要過ぎる話にも関わらず、美奈子自身はあまり感情を表には出していない感じ。弟子の千秋と千夏ははしゃいでいるのだが。
孝治は心臓ドギマギ気分のまま、改めて店長の黒崎に尋ねてみた。
「み、美奈子さんが、お見合い? ……はよかっちゃけどぉ……なしてそれば、おれたちに教えてくれるとですか?」
質問のついで、孝治は自分といっしょにいる友美と秋恵、それから涼子(もちろん存在を知っている者は、孝治と友美だけ)に顔を向けてみた。友美と涼子は完全に興味しんしんの顔となって、事態の成り行きを楽しんでいる感じでいた。もっとも美奈子とは初対面であろう秋恵だけは、なんだか話の流れについていけない様子も見て取れた。丸い瞳をさらに丸くして、ポッカリと口を開いているので。これでは彼女のみ、この空気への参加は不可能と言えるだろう。
孝治はこの三人から、正面に向き直した。すぐに黒崎が答えてくれた。
「いや……僕も正直、この話には面食らっている思いなんだが、これは美奈子君自身の希望なんだがね。今度美奈子君がお見合いをするんだが、その席にできれば孝治と友美君も同席させてほしいという……」
「やけん、そん理由ば教えてくれんもんですけ?」
孝治は不可解な思いを丸出しの気分にして、黒崎相手に詰め寄った。彼が鎮座している執務机の上に、身を乗り出すようにして。これはある意味、自分の立場をわきまえない無礼な行為なのだが、今の孝治はそのような境界線を忘れていた。また黒崎のほうも、そんな孝治の気持ちがわかっているらしかった。特に孝治の非礼を咎めようとはしなかった。
「これは美奈子君が僕に直接頼んだんだが、美奈子君の身内は弟子の千秋君と千夏君のふたりだけなので、今回見合い相手とのバランスを考えて、こちらも同席者を増やしてほしいと言うことだがね。まあ、僕自身も同席する予定だけど、確かに人数はこちらも多いほうがええがね」
「そげな簡単な理由ですかぁ☻ まあそん気持ち、わたしにもようわかりますばい☺」
孝治よりも先に、友美のほうが店長の言葉に納得していた。
『つまりぃ……美奈子さんの見栄とプライドっちゅうことやね☻』
蛇足ではあるが、涼子もつまらない付け加えをしてくれた。
「なんやぁ……そげんことねぇ☻」
ここまで話が進めば、孝治ももはや、同席を請けないわけにはいかなかった。
「わっかりました☝ 美奈子さんのお見合いに付き合いますっちゃ☎ で、そんときおれたちに、なんかええ見返りでもあるっちゃろっか♪✌」
ついでに下心も口に出した孝治に、今度は美奈子自身が応じてくれた。
「まあ、これが見返りなんかどうか……強いて言いはるんどしたら、見合いの席に出ますお料理なんか、食べ放題ってところどすやろうなぁ☻✌」
「なんか食べモンにつられてっちゅう感じ丸出しなんやけどぉ……まあよかっちゃよ⛑」
ようやく承諾の思いに至った孝治に向け、千秋がいつものきつい一発をお見舞いしてくれた。
「なんやなぁ、ネーちゃんは今回、師匠の立派なお身内なんや☛ そこんとこ忘れてメシばっかがっついたりしたら、ほんまあかんのやで☚☠」
「しゃーーしぃーーったい!」
無論この程度のムカつきが徒労で終わるなど、孝治は百も承知のうえだった。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |