『剣遊記13』 第二章 記憶の底の訪問者。 (2) 孝治の入浴タイムは、いつも深夜と決まっていた。その理由は、いくら性転換済み(?)の体だとは言え、心はいまだにピュアな男のままでいるからだ。
このような生活を始めて、もうかなりに長くはなっていた。だがやはり、同僚でありながらも微妙に同性とは言いがたい給仕係たちとの混浴など、孝治は絶対に受け入れられなかった。
そんなところへ、美奈子との遭遇である。孝治は白いタオルを持って、いかにも女性らしく(?)胸と下を隠していた。無論背中とお尻は丸出しであった。これは孝治の女性化が、いかに進んでいるかの証明でもあるわけだが。
「い、い、い、いっしょに入ろうなんち……美奈子さん、いったいなん考えよっとね!♋」
孝治の頭は、早くも大混乱の極み。そもそも美奈子は孝治の正体を知り抜いているどころか、むしろ性転換の真の要因的存在なのだ。しかし今さら責任ば取れやなんだなど、孝治ももはや追及する気は失せていた。それでも反省の態度くらい、わずかでも良いから見せてほしいものだ。
きょうのきょうまで一回も見せてくれた試しはないのだが。
そんな孝治の思いなど、まるで知らぬ存ぜぬの話。美奈子はヌケヌケと言ってくれた。
「なん考えてはるかって言われもうしたかて、孝治はんが元男やったとしても今はかいらしい女子{おなご}はんでおまします☺ よってなんの問題もあらしまへんのやで✌」
「あんたが言うなっちゅうと!」
孝治は思わず声を張り上げた。自分自身がすべての問題の原因でありながら、まったく他人事の美奈子に向けて。
実際彼女の性格から考えて、もうなん言うたかて無駄――と言う現実はわかっていた。しかし、こうまであからさまに無反省な態度を見せつけられては、封印していたはずの怒りが、大爆発するっていうモノだ。
だけどその前に、美奈子がとんでもない行動をやらかしてくれた。
「うわっち!」
なんと孝治の見ている前で、湯船からバシャッと立ち上がったのだ。当然ながら美奈子は孝治とは違って、胸も下の部分も、まったく無防備の大公開状態。今までにも何回か同じ振る舞いをしてくれているのだが、きょうはまた格段に大胆過ぎる事態といえた。
「うわっち! うわっち! うわっち!」
ひさしぶりに披露をする、孝治の三連発であった。
「み、み、美奈子さん! す、少しは恥じらいっちゅうもんば知ったらどげんね! おれの正体ば、少なくとも世界でいっちゃん知っとう人やっちゅうとにぃ♋!♋」
孝治は慌てて目をつぶり、手に持っていたタオルで顔面を覆い隠した。そのため自分自身が美奈子に負けないくらいの大公開状態となった状況。これに全然気づいていなかった。
そのあげくだった。
「うわっちぃーーっ!」
恒例で孝治は、浴場の床のタイルで足をツルリとすべらせ、見事に引っ繰りコケる顛末となった。
本当にきょうは、よく引っ繰りコケる日であった。だけど今回に限っては、やや幸運ともいえた。
「これはあきまへん!」
美奈子がとっさに術をかけ、転んでタイルに後頭部をぶつける寸前だった孝治を、空中でピタリと止めてくれたのだ。
「うわっち!」
孝治は全裸姿のまま、浴場の宙にプカプカと浮いていた。もちろん自分がどうして浮遊しているかの理由もわかっていた。
「い、一応ありがとっちゃね♋ ついでに早いとこ下ろしてくれんね☠」
「承知しましたどすえ☀」
美奈子がパチッと右手の指を鳴らせば、孝治の体はゆっくりと、浴場のタイルの上に降下。静かなる軟着陸だった。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |