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『剣遊記13』

第二章 記憶の底の訪問者。

     (12)

 このような孝治と涼子のひそひそ話には、まったく気づいていない感じ。この場での主役である美奈子が、なにやら霊に向かって(?)話しかけていた。

 

「ふむふむ……そうでおまんのかいなぁ★

 

 端からこの様子を伺{うかが}えば、美奈子がなにもない空間で、ひとり聞き耳を立てているように見えていた。だけど涼子によって予備知識を得ている孝治には、だいたいの状況が見えている気がしていた。恐らく肖像画に描かれている令嬢の幽霊が、この場で唯一自分の姿を見せている美奈子に向かって、一生懸命なにかを訴えているに違いない。

 

 涼子自身も同じ幽霊でありながら他人の幽霊姿は見えていない――と言う話だが、彼女は先ほど孝治に話した状況を、小さな声で友美にこっそりと伝えていた(言うまでもなく小声の必要はないのだが、そこは気分の問題。無論秋恵には内緒)。

 

 この一方で双子姉妹のほうなのだが、姉の千秋は美奈子の今の状況を、なんだか理解したような感じでいた。なぜなら開けていた口をピシャッと閉じてから、師匠のうしろに黙ったままの姿勢で控えているからだ。

 

 反対に妹の千夏は、なにも起こりそうにない話の成り行きで、早くも退屈の極みに達したらしかった。

 

「ヨーゼフちゃんもぉ、いっしょ行きますですうぅぅぅ☆彡」

 

 若戸のペットであるはずの三つ首ダックスフントを完全に我がモノとして、美奈子からさっさと離れていた。これにキャンキャンとしっぽを振ってついて行くのだから、ヨーゼフもなかなかに現金な性格をしている。ちなみにケルベロスのしっぽは毒蛇となっているモノだが、あとで聞いた話、これはペット用の品種改良で、ふつうの犬のしっぽに改造されていると言う。

 

 そんな千夏とヨーゼフが、肖像画の前で立ち止まった。

 

「あのぉ〜〜、この絵のかわいい人さん、いったいおいくつなんですかぁ???」

 

「はぁ……そ、それはぁ……☁ 世にも恐ろしい話でございます♋」

 

 はっきりと言って、どうでも良いような質問。それを若戸家の執事に尋ねていた。執事もまた、これになんだか、一切関係のないような返答を言い出しそうだった。しかしこの解答を得ないまま、千夏は応接間の大きな窓に向かって、再び勝手に駆け出した。いつもの気まぐれで、どうやら外の景色のほうに、新たな楽しみを見つけ出したようである。

 

「きゃっ☆ きゃっ☆ お庭さんにぃ大きなお池さんがありますですうぅぅぅ☀☀☀」

 

 基本的に幽霊の年齢も執事の話も、全然興味がなかったわけ。

 

 そんなこんなをしているうちだった。美奈子と幽霊の話が、なんだかまとまった感じ。幽霊自体の姿はお終いまでわからないままだが(たぶん肖像画と同じ服装なのだろう。美奈子が終始冷静なので、涼子のように全裸ではないようだ)、美奈子が若戸に顔を向けて言った。

 

「一応、話は終わりましたえ☀ このお嬢はんは悪霊でもなんでもあらしまへん♡ こういう言い方も変やっちゅうのはわかっておりまんのやが、ただの幽霊でなんの害もあらしまへんのやで♥☻」


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