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『剣遊記13』

第二章 記憶の底の訪問者。

     (11)

「ここにおらします霊はんは、どだいじゃらじゃら(京都弁で『もともとふざけた』)しはった悪霊はんやあらしまへん それはうちにも、ようわかっておりまっせ

 

 美奈子の意外過ぎるおだやかなセリフに、孝治は思いっきりのとまどいを隠せなくなった。

 

「な、なして……そげなこつ、わかるとね?」

 

 ついでに孝治は、辺りをキョロキョロと見回してみた。別にふだんどおり、この場で見える幽霊といえば、いつもの涼子の全裸姿だけ。そんな孝治に向けて、美奈子は自信たっぷり気の顔になって、自分の右横を右手で指差した。

 

 そこはなにもない空間だった。

 

「それはやなぁ、そこにかいらしい絵のお嬢はんがおりますんやで☞ そのほんにかいらしいお嬢はんのおっしゃることには、ご自分はただ、ここで静かに眠っておりたい、と言うことがお望みのようでんなぁ

 

「おじょうはん?」

 

 孝治は美奈子の人差し指の先に瞳を向けたが、魔術師の言う『お嬢はん』など、影もかたちもわからなかった。

 

 孝治は思い切って、美奈子に尋ねてみた。

 

「もしかして美奈子さん……そん幽霊の姿ば見えると?」

 

 実際に孝治の予測どおりだとしたら、これはこれで納得のいく話である。なんと言っても孝治自身と友美も、毎日幽霊涼子の姿(しかもすっぽんぽん)を拝まされている身であるからだ。

 

 無論解答は、孝治の予測どおりだった。美奈子はあっさりと答えてくれた。

 

「ええ、そんとおりでおまんのやわ✌ 霊感のあらへん孝治はんにはわからへん思いますんやけど、うちにはこの場におますお嬢はんの霊が、よう見えておますんやで♐」

 

「へぇ〜〜、そういうことやったんやねぇ♠」

 

「おや? どエラいことや思うのに、あんまし驚いた感じしまへんなぁ?」

 

「うわっち!」

 

 孝治は内心で、『ヤバっ!』と考えた。自分自身の境遇が幽霊の涼子に慣れ過ぎて、いつの間にか他に幽霊がいたとしても、微動だにしない精神力となっていたのだ。そこへ当の涼子がこそっと、半分慌て気味になっている孝治の右耳にささやいてくれた。

 

『でもこれって、確かに有り得る話っちゃねぇ✍』

 

「有り得るっち、なんがね?」

 

 ムカつく気分を小声で抑えつつ、眉間にシワを寄せる思いの孝治に対し、涼子はなぜかシタリ顔となっていた。

 

『きっと美奈子さんが言いよう幽霊っち、あたしが孝治と友美ちゃんば気に入っとうみたいに、美奈子さんのことば気に入ったんばい やけんあたしとおんなじ場合で、美奈子さんには幽霊の姿が見えるとよ そやけん見てん 友美ちゃんも秋恵ちゃんも、ついでやけど千秋ちゃんも千夏ちゃんも、なんが起こっとんのか、ようわからんっち顔ばしとうっちゃない☜☞

 

「……ほんなこつ♋」

 

 孝治も改めて、周りを見回した。涼子の言うとおり、友美も秋恵も双子姉妹も、なんだか取り残されている子供のような感じ。そろって口を開き、ポカンとした顔付きになっていた。

 

 このような状況下で、さらに涼子が付け加えた。

 

『実ば言うとね、あたしもそん幽霊に気に入られた人やないみたいやけ、そん幽霊の姿が見えとらんちゃね☻』

 

「うわっち? 幽霊が幽霊ば見えんとね?」

 

 孝治はこれまた意外過ぎる話に仰天した。なんと言ってもこの事態は、きょうのきょうまで考えたこともない話であるからだ。

 

 これに涼子は、さもふつうのように応じてくれた。

 

『そうなんばい☻ 幽霊が自分の姿ば見せたい相手は、あくまでも自分が気に入った相手しかおらんのやけ その点では人も幽霊もおんなじなんばい☢ さっきとおんなじセリフば繰り返すっちゃけど、あたしが孝治と友美ちゃんば気に入っとうみたいにやね✍ やけんそれは、幽霊も例外やなかと……みたい もっとも自己主張ばせんと、お互い存在にも気づかんみたい 実はこん状況ば見て、あたしもきょうになってわかったことなんやけどね

 

「なるほどやねぇ〜〜✑✒」

 

 涼子の話は、だいたいの感じで納得がいった。確かに幽霊が自己顕示したい相手はあくまでも自分の気に入っている者であって、それは人も人以外も区別はない――と思えるからだ。

 

 そのついでに孝治は尋ねてみた。

 

「でも、そげんやったら悪霊{ファントム}っとか死霊{レイス}みたいな連中は、なんの決まりもなしで、堂々と自分の姿ば誰でも見せびらかしようばい あれはいったい、どげんことやろっか?

 

 涼子はこれにも、明解に答えてくれた。

 

『まあ、これはあたしの推測なんやけど、あげな邪{よこし}まん連中は、そもそも自己顕示欲がでたん強いんやなかと 自分の力ば見せつけるためには、幽霊みたいにいっちょも遠慮ばせんもんやけねぇ……っと、あたしは思うっちゃよ♐

 

「それやったらおれもそう思うったいねぇ☻」

 

 これまた涼子の推測に納得の孝治であった。


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