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『剣遊記Y』

第四章 金髪魔神あらわる。

     (9)

「ふぅ〜ん、あんた、ほんまは男やのぉ♀♂ 世の中ほんま、けったいなことがあるもんやわぁ〜〜✍」

 

 バレちゃあしょうがなか――とばかり、孝治は洗いざらいを白状した。ところが孝治の正体を知った金髪碧眼白人女性の反応は、意外すぎるほどにあっさりしていた。

 

「そ……そうっちゃけどぉ……怒らんと?」

 

 孝治は顔面から熱が出る思いで湯船に首まで浸かり、おどおどした口調で、美女に問い返した。

 

それでも彼女は、シレッとしたまま。相も変わらず自分の裸身を堂々と孝治に見せつけ、平然とした顔で答えてくれた。

 

 ちなみにバストは――凄いボリュームだった。

 

「怒るもなんも、別にええやないか✌ 今はお互い女子{おなご}の姿しよんやし、ここにおる三人、みんな裸やさかい、こないな場所やから、たとえあんたが男ん姿であったとしても、あたしはちーとも怒らへんで✌☺♪」

 

「そ、そげなもんけぇ……?」

 

 孝治性転換の経緯は、これ以上の誤解を防ぐため、友美が西洋女性に説明してくれた。すると彼女はこれまたあっさりと、すべてを納得してくれたのだ。

 

 これほどの珍事件。ふつうの人たち(未来亭の面々を除く)からは、なかなか信じてもらえないものだが。

 

「そないなもんやで、世の中は♫♬ それよりあんた……孝治くん……やのうて『さん』やねぇ♡ ついでやからあたしの背中、流してくれんね♡」

 

「うわっち?」

 

 なにをもって『ついで』なのやら。まったく見当もつかなかった。そんな孝治を前にして、彼女が湯船の前でしゃがみ込み、さも当然とばかり、白い背中を向けてくれた。

 

「うわっち!」

 

 もちろん今の孝治に、逆らう度胸はなかった。

 

「よ……よかよ……☠」

 

 思いっきりの緊張を自覚しつつ、孝治はお湯から上がった。それから彼女の裸を見ないようにして、そっと静かにうしろへ回り込んだ。

 

「ほらぁ、前なんか隠さんでええんやで✄✌ そやさかい、早よお湯かけてえなぁ☝ どうせ裸のお付き合いなんやからぁ♡」

 

「うわっち! は、はい!」

 

 このとき言われてから気づいたのだが、孝治はバスタオルを自分の体に巻きつける気配りすら忘れていた。

 

つまりが裸女そのもの。一糸もまとっていない有様である。

 

しかも今の孝治は、完全に召し使いの状態。だけども今さら、完全装備の余裕もなし。そんな事態の中では洗面器にお湯を汲み、バシャッとかけてあげるしか、今は行なう術がなかった。もちろんお湯のかかった白い肌が、ほんのりと赤くなってくる。それを見ると孝治は、今の状況が果たして災難なのか幸運なのか。まったくわからなくなってきた。

 

 そんな複雑極まる心境をごまかすつもりで、孝治は頭をブルブルッと左右に振るってから、ひと言言ってみた。

 

「ま、まあ……こげな健全な裸ん付き合いやったら……ええかも……☢☁」

 

 これに金髪女性が、妖しげな笑みで返してきた。

 

「あらぁ? それやったら不健全しやった裸のお付き合いかてええんとちゃう♡」

 

 孝治はこの言葉で、全身の血液が一気に脳天へと上昇する思いになった。

 

「うわっち! い、いえ! 滅相もなかです!」

 

「あはっ♡ 冗談やで冗談♡」

 

 ますます顔面に熱を帯び、首の骨がボキッと折れかねないほど頭を横に振る孝治に向いて、西洋女性がまるで、小悪魔のように微笑んだ。

 

「男のくせに純情なんやなぁ♥ それで、あんたのお名前はこうじ……苗字はなんでっか?」

 

「あ、お、おれ?」

 

 彼女の口から、ようやくまともな会話らしいものが出た。これで孝治は少しだけ、ほっとした気持ちになった。

 

「お、お、おれん名は鞘ヶ谷孝治……で、ここにいっしょにおるんが魔術師の浅生友美……それとぉ……ま、ええか♧」

 

「どうも、こんばんは♡」

 

 やはり湯船に入っている友美が、そのままでペコリと頭を下げた。それともうひとり。幽霊の涼子もいるのだが、こちらはバラしてよいものやら。けっきょく存在の公表は、今回も見送った。

 

『もう! いつかあたしんこつ、みんなに紹介するっちゃよ!』

 

 涼子がほっぺたをふくらませ、孝治の右横ですねていた。無論謎の金髪女性は、この場に幽霊が同席していようなどとは、まったく知りようがないだろう――たぶん。彼女は孝治にお湯をもう一回かけてもらってから、三人の前(涼子含む)で立ち上がった。

 

 もはやくわしい描写の必要もなし。堂々としたあけっぴろげな格好で。

 

「そうでっか♡ 孝治くんに友美ちゃんやね♐ 覚えとくさかい、これからもよろしゅうやで♡」

 

 それから何回聞いても流暢な日本語で、自己紹介をしてくれた。

 

「あたしの名前は福柳木千恵利{ふくりゅうぎ ちえり}♡ 漢字で福の神の『福』と『柳{やなぎ}』と植物の『木』✍ そんでもって名前のほうは、数字の『千』と『めぐみ』って書いて『恵』と利口の『利』の字やねんな♡♡ けっこう長いさかい、千恵利だけでええわ☀ 愛称で『チェリー』って呼ばれることもあるんやで☆ それから職業は……戦士の付き人ってとこやね♡」

 

(あれ? その愛称……どっかで聞いたようなぁ……✍)

 

 孝治は少しだけ、首を右に傾げて、なにかを思い出そうとした。その左横では友美が感心している様子で、謎の西洋美人――千恵利に尋ねていた。

 

「それにしても千恵利さん、どこで習ったかわからんとですけど、日本語がお上手なんですねぇ✍ それに日本人の名前ば持っとうなんち、いつ日本の国籍ば取得されたとですか?」

 

 これに千恵利が、ケロッとした顔付きになって、くすっと微笑んでから答えてくれた。

 

「別に取得なんかしとらへんで✌ あたしはもともと日本人やさかい✌」

 

「えっ?」

 

 千恵利のこれまた意外極まる返答で、孝治たち三人、そろって瞳が丸くなった。それからさらに、友美が質問を続行した。

 

「だって……こげな言い方は失礼かもしれんとですけど、千恵利さん、どげん見たかて西洋の人にしか見えんとですけどぉ……☁」

 

「そんなん大したことあらへんで☀」

 

 だけどもやはり、千恵利は堂々と胸を張ったまま。ついでだがその大きさには、自信もたっぷりとあるかもしれない感じ。

 

「あたしが西洋風の顔付きなんは、創造主の単なる趣味やさかい、ずっと昔のことになるんやけど、あたしを創った魔術師って、よっぽどの西洋かぶれやったみたいやからなぁ★」

 

「そうぞうしゅ?」

 

 わざと要点をボカしているとしか思えない千恵利の説明で、孝治たちは彼女の素情が、ますますわからなくなってくる。そこへさらに輪をかけて、話を面倒にしてくれる輩が現われた。

 

「そん声は孝治やなぁ! てめえ、男やったくせに女湯に入っとうたぁ、不届きやろうがぁ!」

 

 男湯との境の壁を越え、突然荒生田の濁声が轟いたのだ。


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