『剣遊記Y』 第四章 金髪魔神あらわる。 (8) そんなところへいきなりガラッと、女湯の出入り口扉が開かれた。
「おやまあ? 先客がおったんやなぁ☆」
「うわっち!」
「えっ?」
『へっ?』
新たに入浴で現われた珍客の登場により、湯船に浸かっていた孝治、友美、涼子の瞳は、そろって思わず出入り口に釘付けとなった。
それと言うのも新たに現われた珍客は、この日本――の一地方である北九州ではかなり珍しい、金髪碧眼の白人女性であったからだ。
さらにこの場はお風呂場である。従って彼女は堂々とした真っ裸姿。大事な部分を隠す気など、最初っからございません――の態度。右手で黄色いタオルを肩にかけ、左手には石鹸を入れた洗面器をかかえた、その格好。ある意味において、とても勇ましい姿ともいえた。
なお繰り返すが、彼女は金髪碧眼の白人であるからして、明らかすぎるほどに西洋人。素肌も東洋系とは異なり、透き通った白い色合いをしていた。
ここ北九州市は国際貿易港なので、未来亭にも時々西洋からの来客があるし、孝治もよくお目にしていた。だけど今現在、店に西洋人の――それも女性の宿泊客が来ているとは、少なくとも孝治は聞いていなかった。
居たとしたら特に荒生田が、絶対に見逃していないはずである。
その西洋女性が孝治をジッと、青い瞳で見つめていた。
「うわっち! お、おれ……?」
孝治は思わず、逆にその姿に見とれてしまった。しかも彼女のほうから、いきなり声をかけてきた。
「あんた、孝治はんやね☛ いつも今ごろ入浴しとんやねぇ☺」
「うわっち! へっ?」
孝治を見つめる金髪女性の日本語は、完ぺきに流暢。西洋の訛りが、まったく感じられなかった。まるで産まれたときから日本に住んでいたとしか思えないほどに。しかし、それよりも驚く事実は、彼女が孝治の名前を知っていた――に尽きるだろう。
「あ、あのぉ……どっかでお会いしましたっけ?」
孝治は瞳が点の思いで、引きつり口調のまま尋ね返してみた。
まったく自慢にならない当たり前の話。孝治の知り合いは全員、日本人ばかりである(例外は中国系の到津ぐらいなものか)。だから外国――それも地球の反対側の住人である西洋人に、顔見知りは存在しないはず。それなのに彼女は、孝治を以前から知っていた感じ。むしろからかう調子で答えてくれた。
「さあ、なんでやろうかねぇ☻ もっともあたしがあんたを初めて知ったんは、街の酒屋であんたがケンカをしとうときやったんやけどね✌」
「はあ、ケンカ?」
湯船に肩まで浸かったままで、孝治は両腕を組んで考えた。
あのときは秀正、正男、大介と四人で酒を飲んでいて――そこでしょーもないチンピラどもといざこざになり、剣豪の板堰が助けてくれた。
その記憶の中に、西洋金髪女性が出てくる余地は、まったくない。
「やっぱ、わからんっちゃねぇ?」
わからないと言えば、西洋女性がなぜか関西訛りなのも、理由不明といえそうだ。もはや孝治は両手を上げて、降参をしたい心境となった。
ふと右横に瞳を向けると、友美も首をひねっていた。さらに涼子は――自分の姿が見えないのを、これまたいいことにしている模様。ごく間近まで寄って、金髪女性の顔を正面から眺めていた。
しかしやっぱり、涼子にも見覚えがなさそうな様子。顔付きが明らかに、『?』丸出しであったから。
そんな幽霊の存在に気づかないであろう彼女が、いたずらっぽく微笑んだ。
「そない考えはるんやったら、ちょっとだけ教えたるわ✌ あんたはあのあとで、あたしの体にいらったんやで♡ あっと、『いらう』言うのは奈良の方言で『さわる』ってことなんやでぇ♡」
これではますますわからない。それどころか、話がとんでもない方向へ変わっていく。
「うわっち! さ、さわったぁ!」
「まあ、孝治ったら、そげなこつしとったとぉ?」
さらに友美から、あらぬ疑いの瞳で見られる始末。
「うわっち! ちゃ、ちゃうばい! おれはそげなこつした覚えはなかぁ!」
「なにをでらい(奈良弁で『大きい』)慌てとんね☺☻」
孝治の急な狼狽ぶりが、おもしろくてたまらないらしい。そんな西洋女性の右の耳に、このとき涼子が自分の声が聞こえないのを承知しているくせに、わざと大きく話しかけていた。
『あんねぇ♡ 孝治はほんとは男なんよねぇ♡』
「うわっち! や、やめちゃってやぁ!」
これに完ぺき泡を喰った孝治は、幽霊がなにを言おうとほっておいても良かったのに、一瞬にしてすべてを忘れていた。
「こげなときにおれが男やなんち、バラすんやなかぁーーっ!」
慌てるあまり、自分で勝手に白状したことも、あとになってから気づいた話。孝治は急いで湯船からバシャッと飛び出し、涼子の口をふさごうとした。
しかし幽体の口を、いったいどうやってふさげば良いものやら。孝治の両手は、見事に空回り。そのため体勢が崩れ、おまけに風呂場の濡れたタイルでツルッとすべって、頭から再び湯船に飛び込む顛末となった。
「うわっちぃーーっ!」
バッシャアアアアアアアアアンンと、派手な水柱――ならぬ、お湯柱が上がった。
「ああん! やっちゃったぁ〜〜!」
そのあまりのカッコ悪さ。見ていた友美のほうが、顔を真っ赤にしている有様。ついでに謎の金髪女性も、ここでひと言。
「うふっ♡ なんやおもろうて、けったいな人ばっかやなぁ〜〜♡」 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |