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『剣遊記Y』

第四章 金髪魔神あらわる。

     (7)

 御承知のとおり、未来亭の大型浴場は、酒場の裏に併設されている。

 

 内部はもちろん、男湯と女湯に別れていて、その区別は厳格となっていた。

 

「あ〜〜、ようやっと、さっぱりしたっちゃねぇ〜〜☀」

 

 で、現在女湯を独り占めに貸し切って湯に浸かっている者たちが、孝治、友美、涼子の三人組。

 

 ここで孝治の名誉のために記しておく。孝治は決して下心があって、女湯を占領しているわけでは、もちろんない。むしろ女性たちに気をつかい、閉場間際の誰もいない時間帯を見計らって、入浴を行なっているのだ。

 

 従って、現在時刻は、お店自体も閉店間際の午前様。もはやふつうに男湯に入ることができない孝治は(当たり前だ☆)、毎晩涙ぐましい努力で、深夜に入浴するしかないのである。

 

 だから近ごろでは、店の女の子たちも気をつかってくれている状態。孝治のために、早めに入浴を終わらせていた。だけどこれを涼子に言わせれば、外見(体)は女性でも中身(脳みそ)が男性の人といっしょにお風呂に入るのは、やっぱしちょっと――と言う話らしい。

 

 それでも誰にも気兼ねなしにお風呂へ入りさえすれば、孝治は幸せいっぱい気分だった。特にきょうのごとく、体が汚れまくった(メリケン粉だらけ)日など、入浴時間がどれほど待ち遠しかったことか。

 

「友美ぃ、メリケン粉、全部落ちとうけ?」

 

「うん、大丈夫っちゃよ♡」

 

 未来亭ガールズの中で唯一――いや唯二、孝治との入浴を許容している友美が、孝治の頭と髪を点検してくれた。友美はもはや、孝治の全裸に瞳が慣れきっているらしい。今ではいっしょの入浴を、まったくためらわないようになっていた。それでもバスタオル巻きを忘れているわけではないが、自分の裸を孝治に見られても、一応平気な気持ちでいられるようになっている。さらに孝治自身も、これで鼻血ブーなど、今や有り得ない境地にまで到っていた。

 

『そりゃ五回もしつこう洗髪ばすれば、どげな汚れかてたいがい落ちるっちゃよ☠ これでついでに、きょうの厄が祓えるといいっちゃけどねぇ〜〜★♥』

 

 唯二のもうひとりである涼子も、湯船の中から、髪を洗いまくっている孝治をからかっていた。

 

 自分も厄祓{やくばら}いの対象である身の上など、思いっきり棚に上げて。

 

 もっとも涼子は幽霊であるから、お湯に浸かっても、波紋ひとつ立ててはいなかった。ついでに幽霊がお風呂に入る変な行動っぷりも、単なる生前からの習慣らしい。孝治も友美も、もはや突っ込みもしなかった。

 

「まあ、とにかくやれやれっちゃね♡ あとはもう、さっさと寝ちまうに限るばい✈ きょうみたいな一日{いちんち}はよう☹」

 

 涼子のからかいは、とっくに気にもしなかった。それよりもきょうが実際に厄日だという話は、身に沁みて実感していた。

 

 その大厄の元凶が、由香たち給仕係の新人(泰子)いじめ計画(全部失敗)に巻き込まれたと言う事の真相には、孝治はいまだに気がつかないままでいるのだが。

 

 それでも被害を受けた当人は、まったくの無傷。これはこれで、一種の幸せだったりして。


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