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『剣遊記Y』

第四章 金髪魔神あらわる。

     (6)

「誓約書{せーやくしょ}じゃと?」

 

 執務室に招かれた板堰は、ここで沙織から、一枚の用紙を手渡された。それから書かれている題字を見て、すぐに問い返した。

 

「これはいってー、なんじゃろ?」

 

 沙織は即座に返答した。

 

「そうです☀ 誓約書ですわ✍ 決闘がたった今決まったことですので、これは間に合わせでわたしが手書きをしたものですけど、お互いの署名さえあれば、法的にも有効ですので✌」

 

「なるほどのぉ✍」

 

 板堰はとりあえず、応接用のソファーに腰を下ろし、誓約書に書かれてある内容に、改めてひととおり目を通した。

 

 急いで作成された割には沙織の字は達筆で、けっこう読みやすかった。

 

「闘いの勝者には、金貨三百枚を授与✌ 敗者には……荒生田和志の場合、金貨三百枚分の給与停止☠ 板堰守の場合……未来亭への専属契約への署名……なかなかはっきりしとーって、なおかつでーれーいっぽー的な誓約{せーやく}じゃのぉ✄」

 

「あら? ずいぶんと寛容でいらっしゃること☻ もしかしたら怒られるんじゃないかと、実は内心でヒヤヒヤしてたのですよ☺」

 

 板堰のあっさりとした反応っぷりは、一応半分予想していたとは言え、沙織にはやはり意外であった。これに剣豪が、余裕の笑みで返してきた。

 

「いっぽー的っちゅうたのは、荒生田とやらに対してじゃね☞ 未来亭に専属っちーゆーても、ここに属しとーモンたちが割と自由に行動しとーゆーのは、わしも聞ぃーとー話じゃ☞ だからわしが専属になったとこーで、今までとはなーんも変わらん話じゃけのぉ♠ わしゃあもともと、日本各地を当てものーいごいごしとう放浪モンじゃけ、むしろ荒生田とやらが敗北したときに受ける不利益んほーが、どーならんほどでーれー大きいみたいじゃのう♋」

 

「あなたもけっこう、自信家ですのねぇ♐ ならいっそのこと、今回の件を、一切なかったことにいたしますか?」

 

「いや、決闘は約束どーりにやらにゃすわろーしー☚ 戦士に二言は許されんのじゃ✄」

 

 沙織は見た。このとき板堰の表情から、『余裕』の二文字が消失。代わりににじみ出ているモノは、戦いに赴く本職戦士の闘志である事実を。

 

 沙織は目立たないようにゴクリとツバを飲んでから、改めて板堰に向き直した。

 

「わかりました✐ ではここに、ご署名をお願いいたしますわ✑」

 

「いいじゃろう☟」

 

 ボールペンを受け取り、誓約書に氏名を記入する板堰を見つめ、沙織は内心で、今度はほっとひと息吐いていた。

 

 御庭番(大里)による事前調査では、板堰はとにかく野心のない、無欲な戦士だと教えられていた。しかも一度約束を交わしたら、それを果たすためにテコでも動かない信念があるとも聞かされていた。

 

 沙織はそのため、あえて半分挑発も交えて、誓約を申し出たのだった。だがあまりにも率直な板堰の対応ぶりで、むしろ拍子抜けな気分さえ感じていた。

 

(この板堰って人……本当に途轍もない自信家なの……それともなんでも前向きに考える、希代の楽天家なのかしら?)

 

 こればかりは、本人に直接問いただす真似はできないだろう。従って沙織は胸の内で、次のように結論づけるしかなかった。

 

(たぶん……その両方なんでしょうねぇ……☻)

 

 それはとにかくとして、今は誓約が無事に成立した成り行きのほうを、すなおに喜ぶべきかもしれない。そんな思いにいる沙織であったが、今になって板堰の腰のベルトに、例の長剣が提げられていない状態に気がついた。

 

「あら? あのぉ……☞」

 

 すぐにその理由を、板堰に尋ねてみる。

 

「お店では剣をいっしょに持ってたはずなんですけどぉ……今は無いようですが、いかがなされたのですか?」

 

「ああ、これじゃろ☝」

 

 板堰はごく自然に変わった素振りもなく、まったく当たり前のように答えてくれた。現在空となっている、腰のベルトの鞘に目を向けながらで・

 

「風呂に入りてー言うたけー、階下の浴場に行ったんじゃ✈ 確か酒場の裏手じゃったな✏」

 

「お風呂……ですか? 剣が……♋」

 

 またも放たれた剣豪の珍返答で、沙織の瞳が点となった展開は、もはやここで語るまでもないだろう。


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