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『剣遊記Y』

第四章 金髪魔神あらわる。

     (5)

「ちょっと、お待ち願えませんでしょうか? おふたりの戦士様♐♡」

 

「えっ?」

 

「なんじゃろーか?」

 

 荒生田と板堰が、そろって顔を沙織に向けた。ここでも沙織は、軽い咳払いをひとつ。それから天使の気分で微笑みながら、思わせぶりに口を開いた。

 

「おほん♡ この勝負、もしよろしければ、このわたしに預からせていただけないでしょうか? おふたりに不都合がなければ、このわたしが最高の決闘の場をお膳立ていたしますけれど✌」

 

「ああ、よかっちゃよ✌」

 

「わしにも異論はないが✎」

 

 さすがに荒生田、板堰ともに、本職の戦士である。戦闘を前にした足並みはそろっていた。

 

 それから板堰が、沙織に尋ねた。

 

「そんでー、決闘の場とは、どんな場所じゃ?」

 

「はい、それは……おほん♡」

 

 沙織はこの問いに、もう一度咳払いを行なった。さらに軽く一同を見回したあと、今度はやけに重々しそうな口調で告げた。たった今ここで、思いついたばかりのセリフを。

 

関門{かんもん}海峡に浮かぶ小島……巌流島など、いかがでしょう?」

 

「なんと! 巌流島ですとぉ!」

 

 沙織の口から出た島の名称は、戦士ふたりよりも一応部外者である大門に、一番大袈裟な反応を引き起こさせた。つくづくやかましい男である。

 

「巌流島の話ならば、あまりにも有名ではないですか! 今からおよそ四百年の昔、そこで名のある剣豪同士が歴史に残る名勝負を行なって以来、今や伝説の古戦場となっておる島ではないですかぁ! そんな島の名を出してくるとは、沙織殿もなかなか侮れませんなぁ☀」

 

「へぇ〜〜、そんな話のずんねぇ(千葉弁で『大きい』)所があったなんて、沙織って物知りだでぇ〜〜✑」

 

 沙織ほどにはこの類の話にくわしくない浩子が、感心気味にうしろでそっと、泰子に話しかけていた。また泰子も、沙織の話に大きな関心を向けていた。

 

「そんだがらぁ〜〜、だども、今こっちさの隊長さんが言っだ昔の剣豪さんってぇ……確すか宮本武蔵とぉ……もうひとりはどいだったげなぁ?」

 

 一瞬ド忘れをした泰子に、すかさず沙織が助け舟を出した。

 

佐々木小次郎よ✍」

 

「ありがとさん✌」

 

 そんな泰子と浩子の面前。決闘の話は発案者である沙織を中心に、着々と進んでいた。

 

「ゆおーーっし! おもしろかぁ! オレはやっちゃるけんね!」

 

「わかった♐ わしも受けて立とうかの✍」

 

 このあと板堰は、荒生田に握手を求めようと、右手を前に差し出した。だがそれは、応じられなかった。

 

「馬っ鹿野郎ぉっ! これから斬り合いばするやつなんかと手ぇ握れんばい! きょうのところはオレは帰って寝るけ、決闘の日取りなんかは、そっちで決めときや!」

 

 おまけで傍若無人な捨てゼリフを残しつつ、荒生田はソファーから立ち上がり、そのまま足早に酒場をあとにして立ち去った。

 

「……あい人……そもそもいったいあにしに来たんだぁ?」

 

 泰子が呆然とつぶやくとおり、荒生田は当初の目的であった沙織への逆玉の輿の企みを、完全に忘却しきっていた。この一方で、どうしても納得が行かない様子である大介が、いまなお板堰に喰い下がってもいた。

 

「先生っ! ほんにこれでよかとですか! こげな軽々ぅした成り行きで決闘やなんち! ずつねえ(大分弁で『どうしようもない』)話ですっちゃ!」

 

 しかしそれでも、大介の師匠は相変わらずの泰然自若姿勢のままだった。

 

「戦けーの理由に、軽うー重えーはないんじゃ⚔ どんな経緯があろーとなかろーと、いつでも実戦が真剣勝負であることに変わりはねーんじゃからのぉ✎」

 

「は、はい……☁」

 

 まるで諭{さと}すような感じになって、大介に応じる板堰。この姿を見ていた単純熱血直情型の大門が、これまた大袈裟に感激したらしい。

 

「エラい! 今の板堰殿のお言葉、あの大馬鹿者に嫌っちゅうほど聞かせてやりたいものだわい! よっしゃ! この衛兵隊長であるわしが決闘の立ち会い人を務めることにいたしますから、板堰殿は存分にあの大馬鹿者をコテンパンにしばき倒してくだされぇ!」

 

 誰も頼んでなんかいないのに、話を勝手に、どんどん大きくしてくれた。

 

 沙織はこのような男たちとは関係なしの振る舞いで、板堰だけに、そっとささやきかけた。

 

「すみませんけど、今からちょっと、執務室まで来ていただけませんか? 大事なお話がありますので✈」


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