『剣遊記Y』 第四章 金髪魔神あらわる。 (4) 「貴様ぁっ! ようもぬけぬけと、とにかくわしの前に顔を出しおったなぁ!」
見事完全に無視をされ、頭に血が昇りきっている――もともと沸点が低い――大門が、ソファーから立ち上がって、荒生田相手にわめき散らした。
これにつられてか。大介までがいっしょに立ち上がった。
「そうっちゃ! 先生に失礼な真似すんのは許さんけ!」
よほど怒り心頭なのか。緑色の肌が、ほのかに赤味を帯びていた。だけども荒生田は、この程度の威圧でビビるような柔な神経など、初めっから持ち合わせてなどいない。
こいつの心臓には、剛毛が生えているのだ。
「なんねぇ、しゃあしいねぇ〜〜☠ オレは今忙しいとやけ、時代錯誤のおっさんとしっぽの青い若造は、さっさと帰って眠りんしゃい☻☞」
「なんやとぉーーっ!」
「大介っ! 落ち着くんじゃけー!」
「は、はい……☹」
憤慨しかけた押しかけ弟子に、板堰が初めての一喝をお見舞いした。その声で怯み、ソファーに座り直した大介に、師匠が今度はおだやかなる口調で諭した。
「この男は別に、わしに無礼を働きに来たわけじゃないんじゃ☕ では誰かと言えばじゃが、それは沙織さんに話があって来ただけじゃけん☧ だからここはー、わしが少し身ぃー引けば済むことじゃけんのぉ☘」
もちろん卓越している板堰の説教など、端で耳に入れている荒生田には、通じるはずもなし。
「なんねぇ、ツヤつけた御託ばっか並べてくさぁ☠」
実は昨夜、衛兵隊詰め所の正面入り口で、荒生田と板堰は、バッタリ顔を合わせていたはずだった。しかし荒生田は板堰の存在に、まったく関心を抱いていなかったのだ。それどころか逆に、板堰を挑発する暴挙までやらかす始末。
「てめえが何モンか知らんとやけど、この北九州に来てでけえツラするもんじゃなかっちゃけね☠ てめえのなまくら剣なんぞ、このオレが簡単にへし折ってやるとやけ✌」
そのとたんだった。板堰が腰のベルトから外し、ソファーの脇に置いてあった長剣が、勝手にカタカタと揺れ始めた。
「おっと、いけん☂」
すぐに板堰が剣をなだめるようにして、そっと両手で抑えた。それから荒生田に言った。
「わしにどうおらぼうと構わんが、この『チェリー』のことでちゃーけるのだけはやめたほうがいいけん⛑ 彼女が本気ででーれー怒ったら、このわしでさえ止められんよーなってしまうけのぉ⚠」
「なん言いよんや? おまえ☛」
板堰の言葉の意味は、荒生田にはさっぱり『?』であった。しかもそれは、周りにいる者たちにとっても同様。沙織が瞳を丸くして、板堰に尋ねた。
「剣が彼女……しかも怒る……ですか?」
しかし板堰が沙織に答える前に、荒生田がふてぶてしくほざいていた。
「なんのことかさっぱりわからんっちゃけど、いっそんこと、このオレと剣ば交えてみんね? 逃げるんはおまえの自由っちゃけどな☻」
言葉の真の意味など、まったく気にしない性分なのが、荒生田という男なのだ。
「いいじゃろう✌ お主{ぬし}の挑発に乗ってみよーかのぉ♡」
このとき間髪を入れない板堰の返答は、当の荒生田よりもむしろ、大介と大門を仰天させた。すぐにふたりで口をそろえ、板堰を止めに入った。
「先生っ! 先生がこげなやつの相手なんかすることなかっちゃですよ! この男の相手やったら、おれが代わってやりますけ!」
「そうだとも、板堰殿! こんな最低の下郎など、剣の錆びにもならんわ!」
だが剣豪はひと呼吸の間を置いたあと、静かな口調でふたりを制した。それから改めて、荒生田に尋ねた。
「いや、こーして一度決闘を申し込まれた以上は、決して相手に背中を向けるわけにゃーいかんのじゃ✊ それで、お主の名は?」
「荒生田和志ったい! さっき聞いとらんかったとや!」
おのれの名前をあっさりと忘れられる扱いは、サングラスの戦士にとって、最大の侮辱。
自分の振る舞いは棚に上げて。
とにかくこれでは、挑発を仕掛けた側は荒生田のはずなのに、こちらのほうが簡単にやる気となっていた。
(これって……もしかして使えるかも……✌)
このようなサングラス戦士の乱入で、最初沙織は、本題がかなりズラされた思いをしていた。
だがここで、彼女はピンと閃いた💡。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |