『剣遊記Y』 第四章 金髪魔神あらわる。 (3) 同じころ――である。
「ええ……っと、どこやろっか?」
相も変わらず香水の匂いをプンプンとさせた荒生田が、沙織の姿を捜し求め、酒飲み客たちでにぎわう店内をウロチョロとしていた。しかし店内の照明が、酒場の雰囲気もあって暗めにしてあるのだ。だからサングラスを常備かけている荒生田にとって、極めて行動が取りにくい状態にあった。
もっともそれならば、サングラスを外せば済むようなもの。だけど決してそうしないところが、荒生田の伊達男たる所以なのである。
しかしそんな苦労も、ようやく報われた感じであった。
「ゆおーーっし! おったおったあ!」
酒場の奥にある貴賓席に、お目当ての沙織が座っていた。また沙織の周囲には板堰や大門も顔を並べているのだが、荒生田の三白眼は、絶対に女性だけしか写さない特別製なのだ。
「ゆおーーっし! 泰子ちゃんに浩子ちゃんもそろっとうようっちゃねぇ♡ こりゃええばい♡」
さっそくおのれの売り込みを開始するため、脇目も振らずに貴賓席突入を決行。
「やあ、みんな! 待たせたっちゃねぇ♡」
誰も荒生田など、待ってはいなかった。だが図々しくも、荒生田は座席のド真ん中に、ドンと座り込む。
まさに鋼{はがね}の厚かましさ。それもテーブルをはさんで、沙織の真正面に陣取る格好。
「ぶうっ!」
大門が口に含んでいた葡萄酒を、派手にテーブル上で噴き出した。
「…………☁」
それ以外の者たちも、サングラス😎戦士のあまりの唐突ぶりに、全員声も出せない唖然状態でいた。
「き、貴様ぁっ!」
最初は驚き眼{まなこ}の大門であった。だがすぐに、荒生田のとぼけた顔を見るなり激高した。
なにしろきのうの夜、おのれを愚弄しきったあげくに逃げられた野郎が、突然目の前に再登場したのだ。この事態が興奮と血圧上昇を招かないわけがないだろう。
ところが荒生田のほうはとくれば、これが大門をてんで無視の態度。視線をチラッと向けただけで、昨夜の追い駆けっこが、まるで頭に残っていない鳥頭ぶりを発揮していた。
「なんねぇ? このおっさん☚」
「き、貴様ぁ! きのうのことを覚えとらんのかあ!」
大門の頭から、本当に猛烈な湯気が沸き上がった。
「知らん☠」
おまけに板堰と大介さえも、前述どおり荒生田の眼中に入っていなかった。とにかくお話のお相手は、ひたすら沙織たち三人の女子大生だけなのだ。
「よっ♡ 挨拶が遅れて悪かったっちゃねぇ♡ オレんこつお兄さんから聞いちょるっち思うっちゃけど、オレん名は荒生田和志✌ この未来亭で勤めてる最強二枚目のイケメン戦士ったい✌✌ よろしゅう頼むっちゃね♡」
いつもは能面店長などと、悪口ばかりをほざいているはず。だけどこんなときだけ、『お兄さん』などと馬鹿丁寧なお世辞で、沙織に積極的自己宣伝を披露する。
「ああ……あなたがそうですか……✍」
無論沙織も、荒生田がいかなる人物かを知っていた。
未来亭に専属してはいるものの、請け負い仕事をちっとも行なわない問題児。おまけに勝手放題で宝探しばかりにうつつを抜かしている、職務怠慢な戦士として。
未来亭専属戦士の名簿には、確かそのように悪意的な記載がされていた。ちなみに名簿の作成者は、秘書の勝美であった。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |