『剣遊記Y』 第四章 金髪魔神あらわる。 (12) 「なんの、なんの! これからがもっと本番やでぇ!☆」
さらに千恵利が、右手の指をパチンと鳴らした。すると続けて不思議な現象が、孝治・友美・涼子たちの見ている前で、立て続けに発生した。
「うわっち!」
「きゃっ!」
『わっ! 凄かぁ!』
なんと、まったくなにもない空間からなんの脈絡もなしに、太い荒縄がパッと出現。それが宙に浮いている荒生田の体に、なんと生きているヘビのようにグルグルと巻きついたのだ。
「お、おいっ! なんねぇこれぇーーっ!」
荒生田が悲鳴を上げた。しかもそのまま、縄の片方の端っこが天井の柱に再びヘビのように絡まって、荒生田を浴場の上からぶら下げてしまった。
「くぉらぁーーっ! オレば早よ下ろさんけぇーーっ!」
腰にタオルを一枚巻いただけの荒生田が、天井から吊られた格好でわめき散らす。その無様な姿を下から眺めながら千恵利は、相変わらずの堂々とした裸の姿のまま、きっぱりと言った。たぶん自分が全裸なものだから、ヤローのセミヌードなど、まるで平気なのだろうか。
「今夜ひと晩、あたしと守はんを馬鹿にした分、そのままぶら下がっとくんやな☝ 朝になったら勝手に縄が消えるさかい、それまで辛抱しとくんやで☻☠」
縄が消えるとは、要するに落っこちるシチュエーションらしい。そんな恐ろしい事態を平然と言ってのける千恵利に、孝治はある種の戦慄を感じた。
(……おれの周囲に現れる女性っち、こげな女傑ばっかしっちゃねぇ……☠)
そんな孝治の眺める荒生田は、やはり往生際が悪かった。千恵利に向け、上から大声を張り上げた。
「やけん、オレはなんもわからんっち言いよろうもぉーーっ!」
「フンだ!」
しかし千恵利からそっぽを向かれると、すぐに目線を、裕志のほうへ変換させた。その裕志は風呂場のタイルに尻餅をつけたまま、全身ガタガタと震わせていた。
「裕志ぃーーっ! ぼさぁっち見とらんで、早よオレば助けんねぇーーっ!」
「は、は、はいっ!」
ところが後輩魔術師がよたよたながらも立ち上がり、魔術(浮遊術)をかけようとする寸前だった。千恵利がギロリとにらみを効かせ、迫力満点の声音でささやきかけたのだ。
「あんたもおんなじ目に遭いたいんでっか?」
「…………!」
なにも言えない引きつった面持ちのまま、裕志は頭を横に振った。
「そやったら、あんたは早よう風呂から上がりや☠ 長湯は体に毒やさかいな♥」
「は……はい!」
けっきょく臆病風邪に吹かれた裕志は、先輩救出を断念。大急ぎで浴場から退散した。あるいは逃げ出したとも言えそうだ。
そんな裕志の背中を見ていた荒生田が、空中から悪あがきで叫んだ。
「あっ! こらぁ! 裕志ん野郎、あしたば覚えとくっちゃぞぉ!」
これは裕志にとって、とんだ災難であろう。とにかくあしたになれば、荒生田からの恐るべき私的制裁が待ち構えているに違いないのだから。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |