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『剣遊記Y』

第四章 金髪魔神あらわる。

     (11)

「うわっち! 嘘やろぉ!」

 

 完全に度肝を抜かれた孝治たちの見ている前で、石の壁がガラガラと、轟音を立てて崩れ落ちた――結果、男湯と女湯の間の仕切りが消滅。双方から丸見えの状態となってしまった。

 

「うわっち! し、信じられんばぁーーい!」

 

 驚き眼は当然、孝治たちだけではなかった。

 

「な、なんねぇーーっ!」

 

「あれぇーーっ!」

 

 孝治の想像図どおり。壁際に桶やらバケツやらを積もうとしていた荒生田と裕志が、為すすべもなく今の衝撃で、風呂場の奥まで吹っ飛ばされていた。

 

 しかしさすがに泡を喰ってはいるものの、ご両人ともにかすり傷ひとつなしの、ご無事な様子でもあった。

 

 強運は毎度の恒例であるが、ここで大事件がひとつ。荒生田も裕志も腰にきちんと、タオルをばっちり巻いていた。ところが孝治自身は、無防備にも完全丸裸の有様だったのだ。

 

「うわっちぃーーっ! み、見るんやなかぁーーっ!」

 

 孝治は大慌てで、湯船にバシャンと飛び込んだ。だが、千恵利は違った。

 

「確かあんたやったわ☞ あたしのことを『なまくら』やなんて言うたうえ、守はんまで侮辱しはったんは♨」

 

 千恵利は荒生田の顔まで、なぜか知っているようだった。その理由は今のところは訊けないようだが、それよりも(孝治に対してもそうなのだが)まともな男ふたりを前にしても何も隠そうとはせず、堂々と自分の裸を公開しているのだ。

 

 それほどのズ太い神経が、孝治にはまったく理解ができなかった。

 

「お、おれかて……こげん羞恥心があるっちゅうとに、いったいあの娘{こ}、なんやっちゅうとや?」

 

 湯船に口元まで浸かりながら、孝治はブクブクとつぶやいた。もっともこの珍妙なる事態に、荒生田は大驚愕――いや、狂喜乱舞の極限にあった。

 

「ゆおーーっし! パッキンのネーちゃんやないけぇーーっ☀ しかも……うぷっ! オレとしたことが、は、鼻血がぁ……♡」

 

 本人がビックリしているほどの不測の事態も、まあ当然であろう。なにしろ目の前で仁王立ちしている相手が、金髪碧眼の西洋美人ときたものだから。ただし、裕志がとっくに鼻血まみれは仕方がないとして、遥かに女性の裸に強いはずの荒生田までが、鼻血を抑えられない状況なのだ。

 

これははっきりと言って、まさに前代未聞な事態である。

 

 そんな場の空気など、完ぺきによその話。千恵利が荒生田に、ビシッと挑戦状を叩きつけた。

 

「あんたにはあたしと守はんを侮辱しはった報いを必ず受けさせるさかい、覚悟しとくんやで!」

 

 しかし挑戦状を叩きつけられた荒生田のほうは、鼻血を垂らしたまま、なにがなんだかわからん――といった顔付きをしていた。

 

「はあ? 覚悟ぉ?」

 

 孝治はまだ湯船にアゴまで浸かったまま、事の成り行きを自分なりに憶測した。

 

(……たぶん、先輩は忘れとんやろうけど……昔千恵利さんと、どっかでなんかあったんやろうねぇ〜〜☠ 日本中のあちこちで、女の人ば怒らせとう男なんやけ……☠☠)

 

 これらはすべてが推測であるが、今現在情報がつかめない時点では、この予想もまあ、仕方がないと言えるだろう。それほどまでに荒生田の悪行は、枚挙に暇が絶えないのだ。

 

 そんな孝治の考えを、実証してくれるわけでもないだろうが、荒生田は孝治の思うとおりのとぼけ顔のまま。つまりいっちょも覚えちょらん――のツラ構えだった。

 

「なん腹ば立てようか知らんちゃけど、今は思わぬ収穫ばい♡」

 

 それよりも荒生田はこの期に及んで、千恵利の裸身を存分に堪能していた。それも、これでも戦士かと問いただしたいくらいに、鼻の下をグゥ〜〜ンと伸ばしきった体たらくの有様で。

 

「ち、千恵利さん! タ、タオルば早よ!」

 

 これを見かねたらしい友美が、バスタオルを急いで千恵利に渡そうとした(無論友美はバスタオル装着済み)。ところが千恵利は頭を横に振り、次のように言い切った。

 

「大丈夫や☆ あたしは裸を見られるぐらい、全然平気やさかい✌ それよりも……☜」

 

「それよりも?」

 

 千恵利なりに、一応裸の自覚はあるようだ。見られても平気――という点を除いて。それから不思議なモノを見ているような顔をしている友美の前で、千恵利が右手を大きく振り上げた。

 

「腹は立っとんやけど、この男は守はんの大事な決闘相手なんや☛ そやさかい、きょうはこんくらいでやんぺ(奈良弁で『やめ』)にしといてやるわぁ!」

 

 大声で宣告するなり、千恵利が上げた右手を、今度は大袈裟な感じの動作で振り下ろした。するとなんと、荒生田の体がなんの支えもなしで、空中にふわりと浮きあがったではないか。

 

「わわぁーーっ! な、なんねぇこれえーーっ!」

 

 この不思議な現象で、荒生田が大きな叫びを上げた。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 驚きの叫びであれば、孝治も同様だった。


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