『剣遊記 番外編Y』 第四章 君は薔薇薔薇、ボクはバラバラ……ていう感じ。 (6) ――とまあ、『盲点』の意味にわずかなズレはあるものの、実際にマミーが現われたのだ。これはこれで、超重大な一大事と言ってもよいだろう。
「げげぇっ! 包帯お化けがこっち来よるっちゃあーーっ!」
冬父可が恐怖に満ちた悲鳴を上げた。そのとおり、全身の水分がすっかり枯れ果てているマミーが、その代わりにわずかに残っているであろう攻撃本能の命ずるまま、足取りをゆっくりと、杭巣派一味に向けていたのだ。
この恐るべき光景を目の当たりにして、親玉の杭巣派は、完全に我を失っていた。
「しゃ、しゃっちがこっちば来んでよかろうもぉ! おめえらもエズいてねえで、あいつばなんとかせってえの!」
「や、やけど旦那ぁ! どげんかせえっちゅうたかて、どげんすりゃよかとなんですけぇ!」
まさに想定外だった怪物の出現で、こちらも狼狽の極にある炉箆裸。そんな彼に、頭のてっぺんから全身汚れた包帯だらけのマミーが、無言でコクコクと迫っていた。
「や、やっぱ駄目っちゃあーーっ! 俺いち下りたぁーーっ!」
情けない泣き言と同時。元来た通路を逆戻り。大慌てで地下道の奥へと逃げ込んだ。そうなれば、炉箆裸の恐怖心が、全員に伝染する結果となるわけ。
「わわぁーーっ! 待ってんしゃーーい!」
「ひとりだけ逃げるなんち、しばくけねぇーーっ!」
「くぉらぁーーっ! 雇い主のわしば置いてくんやなかぁーーっ!」
けっきょくよせばいいのに、自分たちから古城の袋小路へと飛び込む格好。地下のさらに深い所まで、全員で一気に駆け出した。
これに当然――と言うか、なにか音を発するモノに反応できるのであろう。マミーがそんな彼らに向かって、方向を転換。こちらは走らずに(そもそもミイラには走れる機能がない。恐らく本気で活動を行なえば、乾燥しきってボロボロになっている体が、たちまち崩壊するだろう)、これまたゆっくりとした足取り。静かに歩みを進めていた。
また、その姿がじんわりとした恐怖感を、効果的に演出しているようでもあった。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |