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『剣遊記 番外編Y』

第四章 君は薔薇薔薇、ボクはバラバラ……ていう感じ。

     (5)

 マミー――それは現在よりも遥かに大昔、旧魔術文明時代に栄華を極めた貴族の誰かが、おのれの輪廻転生を信じて自分の死後、死体に特殊な魔術製法を施{ほどこ}し、何百年――あるいは何千年経ってもそのままの姿で保存をされている――言わば永遠の生命とも呼称されている存在。

 

 しかし保存とは言っても、腐りやすい内臓や脳は体内から取り除かれ、体は乾燥しきって干からびている。従って外観は、魚の干し物とまるで変わらないシロモノとなっていた。

 

 ついでに申せば、ミイラの製造過程において、妙な古代魔術の使用がいけなかった。そのため死体が勝手に活動するようになり、魂の無い屍{しかばね}となって現世をさまよい歩き、現代人に迷惑ばかりをかける怪物と化しているのだ。

 

 今、律子たちの前に突然唐突、必要性も必然性も無視して現われたマミーも、恐らくはそのような部類であろう。そんな迷惑千万な怪物が、汚れきっている包帯で巻かれた両手を前に突き出し、三人(律子、秋恵、徹哉)の正面へジリジリと、無言と無音の足で迫ってきた。しかもマミーの顔面は、目も耳も鼻も口も、完全に包帯でグルグル巻きの状態。これではポーカーフェイスを通り越して、究極の無表情無感情の恐怖である。

 

 この異常事態には、さすがの律子も、自分の声の裏返りを感じていた。

 

「……こ、こん城にマミーがほんなこつおったなんち……わたし考えてもみんかったばい♋」

 

「シカシ律子サン……ダッチ」

 

 この期に及んで、徹哉のしゃべり方は、今でも棒読み調だった。

 

「アナタガコノ城ニまみーノ噂ガアルッテ、キノウ自分デ言ッテタンダナバッテン」

 

「あらぁ……そうやったと?」

 

 それでも徹哉から痛い所を指摘され、律子は思わずのとぼけ気分になった。このときおまけで付け加えれば、驚いている者は律子と秋恵(現在ボール型だが、驚いているに決まっている)だけではなかった。徹哉の反応の仕方はなんとも微妙なのだが、悪党一味のほうは腰を抜かさんばかりにたまげていた。

 

 中でもその筆頭は、親玉の杭巣派であった。

 

「こ、こん城にマミーがおったなんち……嘘っちゃろぉーーっ!」

 

 これを聞いた律子の頭に、ピン💡と閃くなにかがあり。

 

「そ、そうよ、そうなんばい☆ これもあんたたちの宝隠しとおんなじ盲点やったんばい! みんなこん城んこつ完全に知り尽くしとうっち思い込んじょるけ、隠し部屋で保管ばされちょったマミーのことばただの噂やっち思うて、誰も知りもせんし調べもせんかったったい☹★」

 

 まさしくこの事態は、『灯台下暗し』の実例だったりして。人は自分の周囲をすべて知っていると思い込んでいる限り、決して新たに観察し直したり調べ直ししようとはしない習性があるのだから。


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