前のページへ     トップに戻る      次のページへ


『剣遊記 番外編Y』

第四章 君は薔薇薔薇、ボクはバラバラ……ていう感じ。

     (17)

 腹部に大穴が開いているので体のバランスが保てず、持っているはずの実力――恐らく半分以下の腕力であろう。それでもアンデッド{不死人}の力でもって、生者である(これもはず――たぶん)の徹哉と、ガップリ四つになって、腕と腕とを絡ませた。

 

 片や赤いネクタイに背広を着こなした青年。

 

 もう片方は、何百年か何千年もの昔に加工製造され、今では全身をボロボロの包帯でまとっただけとなっている、古{いにしえ}のアンデッドモンスター。

 

 どこからどのように見たところで、不自然かつ違和感ありありな、両者の組み合わせ。端で見ている律子と秋恵も、あれほど胸に充満していたマミーに対する恐怖感を、現在一時棚上げ中。今まで考えた経験もないような、言わば滑稽極まる光景に瞳を奪われていた。

 

「……徹哉くん、あげなばっちいマミーば素手でさわりようとばってん……どげんしてあげなんよしれん(博多弁で『得体の知れない』)もんば、平気で扱えるんやろっかねぇ〜〜?」

 

「そがんですよねぇ〜〜?」

 

 実際徹哉は、ふつうの人なら絶対に触れることすら嫌がるであろうマミーの両腕を、なんのためらいの顔も見せず、ガッシリと握っていた。

 

 そもそもマミー――ミイラ怪人と言えば、出現理由に多少の違いがあるとは言え、グールやゾンビらと同じ、アンデッド怪物の仲間内なのだ。だから生理的嫌悪感が湧いて、ふつうの人たちならばさわることはおろか、見ただけで吐き気を催{もよお}すおぞましい存在。まあそれでも、マミーは体が乾燥しているので、水気があって腐臭を放つグールやゾンビどもと比べれば、ややマシとも強弁できるのだけど。

 

 その乾燥のおかげと言えるのかどうか。

 

「タア! 空手ちょっぷヲ受ケルンダナ。ブ、ブ、ブ、ブゥばいぶれーしょんナンダナ。」

 

 徹哉の(著しく迫力の欠けている)攻勢には、まさにためらいがなかった。一度『ろけっとぱんち』に使用(?)した右手を今度は手刀に変え、マミーの脳天をボコボコと叩きまくっていた。これでは乾燥してもろくなっているアンデッドの頭部が、たまったものではないだろう。みるみると、ただでさえ醜怪だった怪物の顔面が、それこそ土の塊のように崩れて原型を失っていった。

 

 だが、これほどのダメージを連続して受けたところで、不死の怪物は、その動きを止めようとはしなかった――と言うより、怪物はもともとから命というモノを大昔に失った、いわゆる魂の無い死体なのだ。従って今さら首から上を喪失したところで、体全体の動き自体には、なんの支障もないわけである。

 

 そんな首無しとなったマミーが、もはや本能だけの攻勢だろうか。右腕をビュンビュンと振り回していた。どうでもよろしい話だが、徹哉とマミーの両名とも、お互い右利きであるようだ。

 

 ところがその闇雲とも言えそうな一撃が、戦いの行く末を、大きく変える強烈な要素となってしまった。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system