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『剣遊記 番外編Y』

第四章 君は薔薇薔薇、ボクはバラバラ……ていう感じ。

     (12)

 そのようにうしろでささやく律子に、徹哉はまったく我関せず。それよりも無言でひたひたと迫るマミーの姿は、まさに恐怖と悪夢の具象化そのもの。ミイラの精神など完全に虚無であろうから、おのれの前に存在するなにかの気配――のようなモノに、ただ、ただ、襲いかかるだけの行動しかできないのだ。

 

 おまけにふだんであれば、そのおぞましい姿は地下の暗い迷宮で披露されるもの。だがたとえ、それが地上の陽{ひ}の光の下であっても、深層心理的恐怖感は、少しも減じる話ではなかった。

 

「徹哉くん! ほんなこつマジで戦う気ね!」

 

「いじくそ危ないけ、やめちゃってぇ!」

 

 もはや状況が、疑問の段階から真剣勝負へと突入している空気を感じる、律子と秋恵であった。

 

 ふたりはそろって、悲鳴に近い絶叫を張り上げた。

 

 だが徹哉とマミーが対峙し合っている距離は、もう十歩以上も離れていなかった。これではヘタをすれば、このままガシッと組み合っても、決しておかしくはない状況と言えそうだ。また、盗賊経験の長い律子は、マミーについてのもっと恐ろしい事実も知っていた。

 

「やっぱ駄目ばい! そいつの爪ん先にはグール{食屍鬼}っとかゾンビ{動死体}みたいに猛毒が仕込まれとんのやけ☠ 体に傷ば付いたら、絶対にただじゃ済まんとばい!」

 

「先輩っ! それってほんなこつなんですけ!」

 

 新人盗賊の秋恵も驚愕していた。それでも徹哉ときたら、根拠不明な余裕で応じてくれるだけだった。

 

「大丈夫ナンダナ。ツマリ触ラナケレバ異常ナシナンダナ。テナモンヤサンドガサナンダナ」

 

「あんたほんなこつ、なんば言いよっとねぇ!」

 

 このときの徹哉の顔付きにも、感情といえるモノが一切感じられないように、律子には見えていた。

 

律子はもう、頭がカチン。緑の髪を空に向かって逆立てた。しかし秋恵は対照的。

 

「なんやろっか? こん感じ……なんかあたしとおんなじもんば……なんち言うのかなぁ? 造られたモン同士って感じば、あたし徹哉くんに感じるとばってん……☁」


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