前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記 番外編Y』

第四章 君は薔薇薔薇、ボクはバラバラ……ていう感じ。

     (10)

 古城の正門に、まさに怪物――マミーが仁王立ちとなって、律子たち三人に、のっぺら坊な顔を向けていた。

 

 正確には動く屍{しかばね}であるマミーに、果たして視力が残っているものなのか。これは甚だ疑問であった。そもそも両目とも、包帯で隠されているのだから。しかし現在の状況は、そのようなつまらない可能性を、指摘している場合ではないのだ。

 

「『こんぴ』だかなんか知らんとばってん、つまり楽観的な予想が大外れしたっちゅうことばいね! あんたってほんなこつ、肝心かなめんときに、いつもよけいな予言ば当ててくれるったいねぇ!」

 

「オ褒メニサズカッテ恐縮ナンダナモシカシテェ」

 

 真剣に怒鳴り上げても涼しい顔付きである徹哉を相手に、律子はもう、体内の大型爆弾が大爆発五秒前!

 

「そげんこつよか、マミーんやつ、地下に逃げとった炉箆裸たちば全滅させて、それからここまで来たとしか思えんばい! もうとんでもなか大化け物ばいねぇ!」

 

 律子の考えたとおりだとしたら、怪物は十人ほどいた屈強そうだった男たちを、それこそ簡単に片付けた――という話になる。これは律子たちにしてみれば、まさしく悪夢的大災厄の、さらなる増幅に他ならなかった。

 

「と、とにかく走るとよ! どうせマミーは足が遅かとやけぇ!」

 

 こうなれば三十六計逃げるにしかず。怪物と戦う気などさらさら無い律子は、大声で絶叫するのみ。だがその左横で秋恵が、この場からの駆け出しに、なぜかためらうような素振りを見せていた。

 

「ど、どげんしたとね、秋恵ちゃん!」

 

 必死の思いで尋ねる律子に、秋恵は顔色をピンクから真っ赤に変えて答えた。

 

「お、おもやいで(長崎弁で『いっしょに』)走って逃げるっちゅうたかてぇ……あたし裸ばってん……走ったら着てる服ばうっせな(長崎弁で『捨てる』)いけんかもぉ……♋」

 

「秋恵ちゃん、こげなときになんば言いよっとねぇ!」

 

 律子は思わず叫んだが、実際にそのとおり。上着一枚で思いっきりの全速力を実行すれば、秋恵はその言葉どおり、大自然の中で産まれたまんまの姿を大公開となるわけ。無論このような可憐ともいえるわがまま(?)など、頭に血が昇りきった心境である今の律子の前では、まったく通用しなかった。

 

「そげんやったら、さっきみたいにまた丸うなったらよかやない! あんたのホムンクルスとしての力はだいたいわかったんやけ、そん力ば大いに活用するったいねぇ!」

 

「は、はい!」

 

 先輩からの、これは迫力の効いた一喝であった。秋恵はどうやら瞬時で、その気になってしまったようだ。確かに先ほどのような丸いボールになれば、街中を全裸で歩いても――もとい転がっても全然平気だし、たぶん罪(公然ワイセツ罪)にもならないはず――なわけないだろ!


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system