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『剣遊記閑話休題編U』

第四章 ヴァンパイア娘、危機一髪!

     (5)

 理由は実の息子の悪事を親には見せたくないという、彩乃の人情(ヴァンパイア情?)であった。

 

 それはとにかく、けわしい山道を車椅子に乗って登ってきたのだから、これでは時間がかかって当たり前であろう。また、その車椅子を押してここまで登った祐二の苦労も、並大抵ではなかったはず――にも関わらず、祐一との取っ組み合いをかます余力を、彼は充分に備えていたのだ。

 

 するとここで、意外な展開が起こった。

 

「話は全部、祐二から聞いておる! ここは祐一も祐二も鎮まるったぁい!」

 

「きゃあ!」

 

 静かに語りかけるだろうと思っていた清滝氏が、突然大きな声でがなり立てたのだ。これには彩乃までが、たまらず両手で耳を押さえたほど。

 

 これでいったい、彼の体のどこが、塩梅が良くないのだろうか。

 

「はい!」

 

 このド迫力に圧倒されたのか。祐一と祐二の兄弟ゲンカが、ピタリと停止した。

 

「さて彩乃さん、この度の当方の不始末、この清滝、どぎゃん頭ば下げたかて、下げ足りるもんやなかでしょう☁☂」

 

 とりあえず現場が静まり返ったところで、改めて清滝氏が、彩乃に謝罪。車椅子に座ったままで、頭をペコリと下げた。それから老人は、今度は悲しみに満ちたような表情を浮かばせた。

 

「まずは祐一が……高が水晶亭ごときのために、あなたば亡き者にしようっちした罪☹ そしてもうひとつは……」

 

 そばで聞き耳を立てている祐二の顔に、バツの悪そうな苦笑いが浮かんだ。

 

「ここにおる祐二が、あなたに数々の非礼ば繰り返した罪☹ ふたりに代わってこん父が、深くお詫びばいたしますんで、あくしゃうつっとうでしょうが、どうかご勘弁してください☂☁」

 

「そげなぁ! どうか頭ば上げてくださーい!」

 

 車椅子に座ったままで何度も繰り返し頭を下げるものだから、清滝氏が思わずであろうが、前のほうへとつんのめってしまう。それを彩乃は慌てて前から支え直し、恐縮気分で言葉を返した。

 

「祐二とはもう、話ば済んじょりますけ☀ 本当はわたしの身にかかる危険ば察知して、わたしばこん町から逃がそうっちしたって♐✈」

 

「ちょっと、我ながらやり方がかんなし(熊本弁で『考え無し』)やったばってんねぇ……✍✌」

 

 祐二がとうとう赤い顔になって、右手人差し指で自分の鼻をかいていた。

 

「前に親父とあんじゃもんがケンカしてたとこば隠れて聞いたことあるばってん、そんあとあんじゃもんが親父んこつ、『いつか追い出しちゃる!』なんち言いよったんば耳に入れたんばい……それでまさかとも思いよったとやけど、嫌な方向で当たっちまったと……✄☠」

 

 苦笑いはいつの間にか、物悲しい笑みへと変化していた。

 

「そぎゃんことです☁ こん祐二に説得ばされてここに来るまでは、ほんなこつわしも疑心暗鬼じゃったんじゃが……☁」

 

 次男坊と同じく、物悲しさに満ちている父の目は、このとき双子の兄のほうに向いていた。

 

「祐一……こぎゃんなったら、衛兵隊に自首ばするったい☁ 水晶亭の後継ぎの話は、ぬしが務めば終わらせたあとで、必ずしてやるけん☁」

 

「オイは……もうあんじゃもんに全部、譲ってやるつもりばい☀」

 

 清滝氏と祐二が肉親の情で長男を見つめ、呆然と佇んでいる祐一に、それぞれが優しい仕草で手招きを贈った。

 

「さあ祐一、こっちば来んしゃい☺」

 

(こがんまで話ば進んだとやったら、もうわたしん用ば済んじゃったようなもんばいねぇ♡)

 

 彩乃も軽くなった気分でもって、安心して事態を静観した。ところが父と弟の説得に、一見応じるかのごとく見えていた祐一であった。しかし突然踵を返し、感情を爆発させたかのようにわめき立てた。

 

「……やっぱいかんったい!」

 

 それから彩乃たち三人を、ギロリとにらみつけて言った。

 

「僕が刑務所に入っとう間に水晶亭ば再建不可能なほどに潰れたら、もうなんもかもひちゃかちゃお終いばい! そぎゃんなったら誰が責任持つとや! お父さんけ! それとも祐二け! いかん! ふたりともいかんばい! やっぱ僕でないといかんのやぁ!」

 

 ついに彩乃も、怒りを爆発させた。

 

「ちょっとぉ、わりゃあ! なにごーぎ勝手でせからしかこつ言いよっとねぇ!」


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