『剣遊記閑話休題編U』 第四章 ヴァンパイア娘、危機一髪! (4) 「うわあ!」
祐一が藪の中まで吹っ飛んだ。おかげで彩乃は、窒息寸前から、からくも脱出に成功。すぐに激しい呼吸を繰り返し、肺に新鮮な酸素を補充させた。
「はあ! はあ! はあ!」
さすがに霞みかかった彩乃の両目ではあったが、しだいに視力も戻ってきた。するとそこでは、新たな展開が起こっていた。
彩乃は大声を取り戻して言った。
「祐二っ! 遅かったやない!」
「ど、どぎゃんして、ぬしがここにおるとやぁ!」
祐一も負けじではないだろうが、大きな声を出していた。それは考えてもみなかったであろう、弟の登場のためだった。そのせいか、祐一の顔が必要以上のスピードで、急速に赤く染まっていった。
「わ、わたしが呼んだと! ごほっ!」
ようやく甲高い声を復活させた彩乃は、祐二の代わりに答えてやった。まだまだ少々、咳き込みながらにして。それでも気分は、毅然そのものだった。
「じ、実は、温泉に入ったなんち、ウソ! ほんとはさっきも言うたとおり用具室ば調べたり、祐二と会{お}うて、こん人の本心ば聞いたとよ♥ そしてからわたしたちんあとば、こっそり尾行してもらうよう頼んだと♥」
ここでようやく、祐二もひと言。
「そんとおりなんばい♐ あんじゃもん、ここは悪かばってん、謀らせてもろうたとばい✐✒」
「そぎゃん、おっこいつきなすな(熊本弁で『ふざけるな』)!」
祐一の顔が怒りとくやしさであろうか。さらに奇妙な形にゆがんだ。しかし、先ほどいきなりに近い兄のパンチを喰らったとはいえ、祐二はどうやら格闘ともなれば、それなりの場数を踏んでいるようだった――もっともこれは、彩乃の知るところではないが。再び飛びかかった兄とケンカをやらかしながら、わざわざ彩乃に応じられる余裕を見せていた。
「とにかく遅れてすまんばってん、なんせ親父ばここまで連れて来んのに、時間ばっか、かかってくさぁ♠♣」
「あっ! 清滝さん!」
見ると確かに、双子の父である清滝氏も、車椅子で現場に参上した。
これは彩乃も想定外だった。なにしろ彩乃は祐二とは話を着けたものの、父である清滝氏には、なんの相談もしていなかったからだ。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |