『剣遊記閑話休題編U』 第四章 ヴァンパイア娘、危機一髪! (11) 「たっだいまぁ〜〜♡」
店の正面入り口前に舞い降りるなり、大コウモリはパッと彩乃に姿を変えた。しかも予定よりも早い帰店となったので、この際みんなを驚かせようと、彩乃は意気揚々の思いで、両開きである店の扉を両手で押した。
「きゃっ! 彩乃ったら、もう帰ってきんしゃったとぉ!」
期待どおり、開店準備で店内を掃除していた田野浦真岐子{たのうら まきこ}が、丸いトンボメガネいっぱいに両目を開いて、見事『びっくり!』を表現してくれた。ちなみに真岐子はラミア{半蛇人}なので、両手でモップを持って床を拭き、長い蛇のしっぽの先にハタキを巻きつけた格好をしていた。
もちろん彩乃は、初めは得意そうな顔のつもりで、鼻を高々にした。
「そがんばい♡ 予定よか早かとばってん、お店が心配なもんやけ、さっさと帰ってきたとばい♡ わたしってエラかでしょ♡」
ところが只ならぬ臭気が、このとき店内に充満していた。
「ちょ、ちょっとなんねぇ? こん臭いばぁ……☠」
彩乃の瞳――ではなく、ここでは顔色のほうが、たちまち青へと変色した感じ。そんな様子には、一切構わずだった。真岐子が大声で、厨房にいるらしい由香たちを、緊急的に呼びつけた。
「みんなぁーーっ! 彩乃が帰ってきたばぁーーい!」
「ええーーっ! ほんとぞなぁ!」
「エロう早かったっちゃねぇ!」
「知らにゃかったにゃーーん!」
すぐに奥の厨房からドヤドヤと、由香に桂、朋子たちが顔を出した。そのとたんだった。彩乃を青ざめさせる臭気の度合いが、ますますその濃度を強めていった。
「ちょ、ちょっとぉ! なんねぇこれぇ! こん臭い、みんな、なんか教えてくれんばってぇーーん!」
これにて物凄く嫌な予感が胸に生じた彩乃は、帰店の挨拶もそこそこ、同僚たちに臭いの説明を求めた。
「……そのぉ……なんちゅうか……彩乃がこげん早よう帰ってくるなんち思わんかったもんやけぇ……☁」
代表して由香が、苦しそうな顔での弁明を始めてくれた。
「きのん夜ぅ……閉店後に店ん中で……みんなで焼き肉パーティーばやったとよ♠ 彩乃が帰るまでには『あれ』の臭いも消えるやろうっち思うてね♐✄ でも、厨房に肉が残っとったけ、今もみんなで『あれ』のタレで食べよったと☠ 開店までに魔術で消臭すればええっち……思うてね☁」
由香の弁明で、彩乃はさらに青ざめ気分となった。
「『あれ』っち……もしかしてなんやけどぉ……焼き肉のタレに、『あれ』ば……使こうたわけぇ?☠」
「うん、『あれ』☀」
由香がコクリとうなずいた。その由香のうしろでは、桂や朋子たちが『ごめん!』とばかり、両手のシワとシワを合わせて頭をペコペコと下げていた。そこへまた、タイミングの悪い事態が発生。正面の扉が開いて、どうやら二十四時間営業のスーパーに買い物に出ていたらしい登志子が、両手にレジ袋に入った大量の食材(お肉や野菜)をぶら提げて入ってきた。
「たっだいまぁ〜〜♡ あれぇ? 彩乃ったら帰っとったんやねぇ☀」
給仕係たちの中で、一番食欲の旺盛な登志子である。『あれ』入りのタレ――つまりニンニクの臭気がたっぷり含まれている吐息を、ついウッカリなのだろう。彩乃に向かってプレゼントしてくれた(これはマナー違反です⚠)。
「う〜〜ん☠」
「きゃあーーっ! 彩乃がバタンち倒れちゃったぁーーっ!」
由香が甲高い声で叫んだ。一方で、『きゃっ! しまったぁーーっ!』の慌て顔をしている登志子が、右隣りにいる朋子に言い訳をした。
「彩乃がこげん早よう帰るなんち、わたし知らんかったとばい☁」
朋子はお尻の猫しっぽを左右にブラブラさせながら、登志子に応えた。これまた苦虫五百万匹分の顔をして。
「そうにゃんよねぇ☂ ヴァンパイアにとって、ニンニクは世界最大の弱点にゃんやけ☠ いくら血ば薄れたにゃて、これにゃっかりはにゃしてか、絶対に克服できにゃいみたいにゃん☂ 全世界のヴァンパイアがにぇ☃」
「ほんなこつ、でたんやおいかんこつしてしもうたわぁ☂☃」
ここにもひとりの勉強不足――と言うより、忘れっぽい人がいた。そんな登志子が口をポカンとしている中、開店間際の未来亭は、上へ下への大騒ぎ。つまりこれこそ、今回のサブタイトルである『ヴァンパイア娘、危機一髪!』なのである。
吸血鬼はまさに、ニンニクオチからは絶対に逃れられない黄金ワンパターンってことで、これにてお粗末!
教訓、ニンニクはヴァンパイアが完全留守中のうちに食すること。そのあとの消臭もお忘れなく。
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