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『剣遊記番外編V』

第一章  魔術師とカモシカ少女。

     (1)

「こんで除霊は済んだずらぁ✌ もう、この館さめた騒がす、やぶせってえポルターガイスト{騒霊現象}が起こるこん無えずら♠」

 

 黒衣の女魔術師――椎ノ木可奈{しいのき かな}は、居並ぶ貴族たちの面前、異常とも思えるほどの高飛車な態度と自信で言い切った。

 

「ほ、ほんとかよぉ?」

 

 ここで貴族の侍従のひとりが不用意な疑問をつぶやいたばかりに、彼は可奈からジロッと、無言で一瞥の洗礼を受ける破目となった。

 

「は、はい……そのとおりべぇよぉ☠」

 

 たちまちシュンと、頭をうな垂れさせた侍従。まさにそれは、他人を上から目線で威圧をするような、切れ長の瞳。おまけにやさぐれた色気をも周囲に漂わせる可奈の威厳を前にして、代表で応対をする癪猪野{しゃくいの}伯爵も、ここでは些細な口答えさえ、ノドから外には出せない感じでいた。

 

「わ、わかりました……と、とにかくこれで、かんまされることなく今夜から枕を高くして寝ることができるべえかなぁ……わ……っはっはっはっ……☁」

 

 せいぜいが、この程度の見栄っ張りと空威張り。この伯爵、家柄の割には案外小心者で、貴族でありながら可奈ほどの威厳を、ほとんど持ち得ていないのかも。

 

 日本でも指折りの宿屋兼酒場であり、また戦士や魔術師の派遣ギルド――未来亭に所属をする可奈。彼女は若き豪腕店長である黒崎健二{くろさき けんじ}氏からの指名を請け、九州からはるばる遠く、関東は東の帝都に程近い、日本最大の港湾都市、神奈川県横浜市まで足を伸ばしていた。

 

『屋敷をかんますポルターガイストを、なんとか退治してくれんかよぉ☠』

 

 これが今回、黒崎が請けた仕事の内容であった。

 

 なお除霊の仕事自体は、至って簡単な作業である。人を騒がすしか能の無い悪霊は、だいたいにおいて、低級な連中が多いもの。従って初級的な『厄払い』の呪文ひとつでも唱えれば、さっさと成仏をしてくれる例が常なのだ(曽根涼子{そね りょうこ}ちゃんが聞いたら怒るで、きっと☠)。

 

 それよりも大貴族のくせして、この程度の霊で狼狽をする伯爵の小心ぶりのほうが、可奈にとっては思いっきりに滑稽な感じがしていた。

 

「ではあたしはこんで失礼するずら✄ 報酬のほうは所定の衛兵隊砦さ通して、九州の未来亭まで振り込んでおくずらよ♣♦」

 

「は、はい! それは必ず☀」

 

 可奈の魔力に、すっかり恐縮しているらしい。癪猪野伯爵が、完全に自分を見下されているような態度を取られているにも関わらず、頭を何度もペコペコと下げてばかりでいた。

 

 これはよほど、ポルターガイストが怖かった事情もあるのだろう。しかし、それにしてももっと貴族らしく、尊大な姿勢を貫けないものであろうか。


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